で、気が付けば台風が過ぎ去っておりました
わーそういうことか! 人間の体って不思議だ…
■さて、一昨日のことになりますが、アラビア語の先生からご紹介をいただきまして某財団が主催する中東情勢に関する講演会を聞きに行っておりました。ぼんやりとかいているのは、あんまり詳細に書きすぎると自分の身元がわかっちゃうから(笑)
というのも、先生曰く、
「エジプトの現状はかつてのトルコのたどった道をなぞっている節がある。それに関する講演会が今度あるんですよね」
とのことで。
うーむ、トルコっていうと私が好んで勉強していたのは第二次オスマントルコ勃興期くらいで、現状はしらないなぁ。かろうじて、昨年イスタンブールを訪れたときにガイドの方から聞いた、「ローザンヌ条約が終わる2023年を目指すトルコの話」が頭に入っている程度でしょうか。
というわけで、今回の講演会は、トルコ側から見た中東情勢ということでトルコのシンクタンクの方が登壇されました。
んで、下世話な話なんですが、やはりトルコ系の人ってかっこいいですよね
…閑話休題。
さて、「エジプトの現状がトルコの近現代史をなぞっている」というのは、やはり講演会でも話題にされていたことでした。
トルコの近代史は、オスマントルコの終焉と、アタテュルク・トルコことムスタファ・ケマルによるトルコ共和国樹立に始まります。
この辺りは、第一次世界大戦がらみで日本人も知っていること。
でも冷静に考えればケマル・パシャの政権は「軍事政権」なんですよね。
なのに、軍事政権=支配的、攻撃的というネガティブイメージがない。
このことをさして、登壇なさったトルコ人の方は「世俗化を学んだ軍事政権」と表現されていました。
ケマル・パシャ亡き後も軍事政権は続き、何度か実力行使を含んだ独裁的傾向もあったようなのですが(この辺りは不勉強でぼんやりさせておきます)、そのたびに軍事政権は「世俗化」を繰り返し、穏健な軍事政権をなんとなく続けてきた。
それがようやく軍部の手から離れ、シビリアン・コントロールへと移行し、現在のトルコの状況がある…と。
ざっくりいうとそういう流れのようでした。
で、エジプトもおそらく、このような「世俗化した軍事政権」から緩やかな脱却を果たし、やがて文民政権を目指したいのだろう、と。
そのお手本になるのがトルコの歴史だと、どうも見ている節があるようだ、というお話でした。
あーなるほどな〜それならわかる。
共和制になった時、トルコ国民が望んでいたのは「飯を食わせろ」「平等の権利をよこせ」だった、とのお話に納得すると同時に、「結局どこの国だって、ご飯を食べさせてくれる人が一番強いんだよね」と改めて感じ入ったのでした。
そしてもう一つ、「なるほど」と思ったのは、「現在のエルドアン政権は概ね評価できるけれど、失敗しているのは『国民への説明不足、PR不足だ』」ということでした。
タクシム広場で騒動があったのは記憶に新しいところですが、あれはもともと環境保護の問題が発端になっていたことは報道されているとおりです。
それが、その講演された方曰く「普通の環境保護運動が、途中から暴力的な団体に乗っ取られた」結果、軍が出るほどの騒ぎになったのだそうです。
「環境保護のために活動していた若者を中心とした集団」と「暴走した団体」を分けて考える必要がある、と。
さらにもう一つ、あの騒動の発端は「オリンピックのために公園を壊す」という話だったようですが、それはちょっと乱暴で、エルドアン政権は公園を壊すとは言っていないのだとか。
その「言っていない」ことを、「言っていない」と説明することもなく軍を投入しちゃったもんだから海外からも注目されるような大騒動になってしまった。これは、エルドアン政権の「失策」のひとつ。
ほかにも、「ブルカ(イスラム教徒の女性が被る布)を大学内で被ることを許可する」という政策も、実は「ブルカを被っている女性は就職に不利」というトルコ国内の現状に対するもので、「ブルカを被っていても平等に扱いなさい」という話だったはずなのに、イスラム原理主義的だとか保守反動だという話になっている。これも、「説明不足」というエルドアン政権の失敗。
あーなんかどっかで聞いたことのある話ばっかりだな〜
日本の政治も、曲解と説明不足で足を引っ張られていいことしてたはずなのに首相交代とか、しょっちゅうあるもんねぇ…
組織が小さかろうと、国家レベルにまで大きくなろうと「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」は大切ですよ、ってことか。
特にイスラムや中東関連になると、欧米の「キリスト教フィルター」がかかるから、ちょっとでもイスラム主義的なところがあればコテンパンに報道されるもんねぇ。
エジプト情勢に関しても、「軍部VSイスラム原理主義」みたいに報道され、それを訂正されることもなく鵜呑みにしてしまうと、おかしな極論を言い出す人がいるんだなぁ、と。
エジプトのデモも、「緩やかな民主主義への移行」を望んでいた若者を中心としたグループが、急進的かつ暴力的な団体に乗っ取られ、結果として軍が出動したのだと考えれば、トルコのタクシム広場の騒動と構造的には似ている。
シンクタンクの方曰く、
「反米、反イスラムといったように二極化して考えるのは、現状に適していない。感情的要素だけで語るのも、すべてを説明できない。状況はもっと複雑で、あいまいです」
…当たり前ですが、おっしゃる通りです
違う視点から物事を見ると、世界はこんなに違って見えるものなのか。
わかってはいましたが、講演の内容は知的刺激に満ちていて、約2時間半に及ぶノンストップ講演会だったのにあっという間に過ぎていきました。
こうやって様々な視点を持つ機会を与えられるのは、本当に幸せなことだと思いました。
自分が何に立脚して生きているのか、もう一度よく考えたうえで、様々な考え方・見方に対する柔軟性を常に維持できるよう、心がけていきたいものです。
私が何よりも恐れているのは、「視野が狭くなること」なんだと思います。