2021年12月10日

東照大権現様に会いに行く その2、の巻

■さて、今回の日光詣での目的は輪王寺での護摩祈祷でした。
本当に謎なんですが・・・何がきっかけなのか、今現在日光東照宮と日光山輪王寺は喧嘩してるんですよね。
いつ頃からなのかな・・・もうずいぶん経つと思うのですが、以前は東照宮・輪王寺・大猷院(これは三代将軍家光の廟所ですね)の共通券があったはずなのですが。

とはいえ、それはこの世のあれこれであって、あの世にいらっしゃる方々には関係ないことですからね。
日光に来た以上は、東照大権現様にお目にかからないと。

■というわけで、毎度のことながらえっちらおっちらと東照宮の奥宮まで登っていきました。
今回はとても晴れていて、しかも登ったタイミングも良く太陽がいい感じに天頂にあったので、大変気持ちが良かったです。

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東照大権現様もご機嫌だといいな、と思いつつ。

■今回はちょっと気分を変えて、「日光東照宮宝物館」を見てきました。

20211209_東照宮宝物館.jpg

今は「神君徳川家康公を祀る ー神様の調度品ー」という企画で、(神様になった)豊臣秀吉が乗る黄金神輿と(神様になった)徳川家康が乗る黄金神輿が展示の最初に展示されていてびっくり。
やっぱりですね・・・今と昔じゃ価値観が全然違うんですよね。
秀吉公も家康公も、神様なんですよね。ちょっと手が届かないくらいの。
大河ドラマなんかですっかり身近な存在になっていますが、当時の人たちにしてみれば一生に一度も会わないであろう、遠い存在なのだと。

■他にも、もはや装飾品と言ってもいいような綺麗な大工道具や、刀剣や、家康が実際に使ったという駕籠(弾痕が生々しい・・・そして、とても小さい! こんな小さな、体をすくめないと乗れないような駕籠、窮屈じゃないか?)が展示されていたのですが、今回私が心引かれて見入ってしまったのは、(辞職・復職を繰り返した結果)何度か東照宮の宮司となった、松平容保公の「東照宮」という揮毫でした。

「東照宮」の字は形が整っているのに、自分の名前はちょっと雑になっていることとか。
連綿線もはっきりしていて、黒々としたいい墨を使っていることとか。
紙に対して全体に字が小さく、品がいいこととか。

見ているだけで容保公のお人柄が忍ばれる揮毫でした。

館内はちょうど私一人だったので、思う存分見ることができたということもあったのでしょうか。

じっとその容保公の「東照宮」の書を見ているうちに、ふと脳内で鮮明に、容保公の筆運びがまるで動画を見ているかのように生々しく見えた瞬間がありました。

のったりとしたスピード、清らかに整えられた心のありよう、集中力、書き上がるまでの無心。

本当に鮮明に、まるでNHKの「漫勉」のカメラで見たかのように容保公の手元をクローズアップした角度で、頭の中だけで再現された動画。

私にとっては、衝撃的な体験でした。
ひとつの書をじっくり眺めていくと、書いた人の状況を追体験(?)できるものなのですねぇ・・・

印象に残る体験でした。

■他にも輪王寺の本堂を久々に巡り・・・あ、そうだったよ、天台宗で最澄だ!と思いだしたのは、ここにもひっそり、おかざき真里先生の描いた最澄様のポスターがあったからでした(笑)
そりゃ天台宗にしてみれば、あれだけ麗しい最澄様を描いてもらったらうれしいよね〜

■それにしても、保存のために仕方がないとはいえ(それとも他に理由があるのかな)、ひとつも写真を撮れない展覧会はやはりつまらないですねぇ。
東照宮宝物館は、もうちょっと展示方法を考えてもいいんじゃないですか?と思った東照宮詣ででありました。

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2021年12月09日

東照大権現様に会いに行く その1、の巻

■ちょっと文章が長い日記が続いたので、今日は写真をメインで(笑)

■毎年、日光輪王寺にはお参りに行っていたのですが、昨年来のCOVID-19でしばらく足が遠のいておりました。
今回は、プライベートで特に祈願ごとがあり、輪王寺にて護摩祈祷をお願いしてきました。

■で、そのあとは東照大権現様にお会いしないとね!というわけで、東照宮にも足を伸ばしましたよ。

でも、本日はこちらの写真を先に。

ふと耳を澄ましていたら、今時のガイドさんは、東照宮の五重塔の「心柱(しんばしら)」と東京スカイツリーの「制振ダンパー」を結びつけて説明しているんですねぇ。
実は密かにダンパー好き(笑・台湾の高層ビル「台北101」で、ダンパーのかっこよさに目覚めてしまったのです)の私は、以前にも日光の五重塔の内部特別公開で心柱を見て(しかもその時は誰も見学者がいなくて、巡回していた係員の方がつきっきりで説明してくださった、という特典付き)いたのですが、今回もちょうど「五重塔内部特別公開」の時期に当たっていました。
機会があれば、是非ご覧ください! 東照宮の五重塔の心柱は、設計や構造はもちろん、見栄えがしてかっこいいです!

・・・というわけで、今回は内部は見てこなかったのですが、そうそう、五重塔の正面口には来年の干支「寅」の彫刻があるのよね。
縁起物だし、写真を撮っておこう!

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正面が寅(虎)なのは、家康が寅年だったことに由来するのですが、「干支」だとどうなるのかしら?と思ったら。
・・・まさかの「壬寅」! え、来年の干支とおんなじ!
何回目の還暦かしら・・・えーっと、8回目かな?(笑)

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二代将軍秀忠は卯年だったので、うさぎさん。

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三代将軍家光は辰年だったので龍。

今日は修学旅行生が多かったなぁ。
あれだけ混雑していると、さすがにコロナだけでなく、風邪やインフルエンザもちょっと心配になりますね。

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2019年03月18日

日光に行ってきました、の巻

◾️毎年、立春すぎに日光山輪王寺に行って護摩行に参加することにしています。なので、今年も行ってまいりましたよ〜
今年は、護摩を炊いていただいた後に、改修工事が終わったばかりの大猷院に行くのが目的です。

◾️護摩行自体は、約50分かかります。輪王寺での護摩行は日に3回あり、私たちは11時の会に参加しました。
「50分」と聞いて「長いなぁ」という感想を持つ方も多いかと思いますが、お坊さんの念仏、マントラ、高く燃え上がる護摩の火を見つめていると、あっという間に時間は経ってしまいます。不思議なものですよね。
その間、自分が何を考えていたのかと言えば・・・思い出せない。半分くらい瞑想状態に入っていたのかな、なんて思います。

◾️さて、日光に行って毎年驚くのは、チケット代と種類が変わることです。
一番最初に日光に行った頃は、輪王寺、東照宮、大猷院の周遊券があった・・・と思うのですが、去年、いきなりその周遊券の中から輪王寺が消えました。
輪王寺は単独拝観券。そのほかは、東照宮、二荒山神社、大猷院が周遊券セットになっていました。
それが今度は、輪王寺と大猷院が共通券で、東照宮と二荒山がセットになっていました。
地元の方の噂話だと、もともと東照宮と輪王寺があまり仲が良くなかった…とかで、とにかく観光客には関係ないところで、政治的なうんたら・・・の動きがあったようです。まことに面倒臭い。
世界遺産には「日光の社寺」として登録されているのだから、以前のように輪王寺、東照宮、二荒山神社、大猷院で周遊券にするか、もしくは全て単独拝観料をとるか、どっちかにしてほしいですよねぇ。寺社間の争いごとなんて、こっちには関係ないんだし。

◾️さて、日光はあちこちにパワースポットがあるそうですが、中でも東照宮の奥の院・徳川家康のお墓はその一つとして大変名高い場所です。幸いお天気にも恵まれましたので、足を伸ばして大御所様にご挨拶。
下山した後は、鳴き龍を見に行きます。ここには何度ももう出ているのですが、今回の目的は、鳴き龍のところでしか売っていない、「鳴き龍の声を再現した」という守り鈴の購入です。
この鈴、「しゃららん・・・」というとても綺麗な音がして、この音を鳴らすだけで空気が浄化されるような気持ちにさせてくれます。
なんと今年は、新色ルビーカラー…ってハズキルーペじゃないですけど!(笑)「紅」色の鈴がありました。欲しかったけれど・・・私はまだ予備に「金」の鳴き龍鈴を持っているので、また来年、ということにしました。

◾️そして、念願叶っての大猷院!
以前から、この大猷院は大好きです(詳細はこちらをご覧ください)
大猷院は、徳川三代将軍家光の墓所です(ちなみに、お寺です。東照宮は神社です)
「家康の東照宮」が朱色と金で構成されているのに対し、「大権現様への遠慮」から、黒と金で構成されているのですが、それが帰って渋いかっこよさをもたらし、俗な言葉で言えば「センスいい!」建物になっています。

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これは遠景。近くで見ると・・・

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渋くてかっこいい!!

初めて大猷院に行った時、「うわー超合金ロボみたい!」と思ったのですが、とにかくスマートでカッコよくて、デザインがいいんですよ。家光公はどの程度、この建物の設計に関わったんでしょうね。もしある程度関わっていたら、家光のセンスの良さを味わうには充分の建物だと思います。


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日本ではここでしか祀られていないという烏摩勒伽(うまろきゃ)さん。夜叉門にいらっしゃいます。
この像は、両膝に象の膝当てがあるのが特徴。「膝小僧」の由来になった、という説もあるので、私はこの烏摩勒伽さんのことを「ひざこぞうの人」と呼んでいます(笑)
そして、この烏摩勒伽さんが右手に持っている矢が「破魔矢」の発祥。
大猷院は、「破魔矢の発祥の地」なんですね。ここでは、金属でできた、昇り竜を矢に絡ませた「破魔矢」を売っています。
一般的な破魔矢は一年経ったらまたお寺に持って行ってお焚き上げしてもらわなければなりませんが、この大猷院で売っている金色の破魔矢は永年供養されているので、ずっと持ちっぱなしで大丈夫です。
私はずいぶん前に買って持っているのですが、今回の同行者二人は、「厄祓いになるなら!」と買っていました。お土産としてもかっこいいし、東照宮の鳴き龍の鈴と大猷院のこの金色の破魔矢は、個人的にオススメです。

◾️そして、今回のミラクルは…
なんと、私たちが訪れた日がちょうど、二天門の風神雷神像が、6年の修復期間を経てお戻りになり、初公開された日だったことです!

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朱色の雷神様。できたてのマネキンみたいにぬらぬらしています。綺麗〜ぴかぴか!

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風神様は残念ながら、まだ設置途中でした。

6年間いらっしゃらなかった風神雷神様がお戻りになった日に拝観できるなんて!! ラッキーすぎる!!!
そのミラクルに、私たちはワクワクしてしまいました。
あー行ってよかった!

◾️帰りは、金谷ホテルでカレーを食べて一休み。

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金谷ホテルのロビーは、とても雰囲気がよかったです。
大きな窓がまるで絵画の額のような効果を発揮して、遠くに見える山の稜線の美しさを引き立てていたので、まるで一枚の風景画のように見えました。

年一で日光詣でをし始めてもう何年かになりますが、こういう風に一年のけじめとして護摩行に預かり、神聖な気を胸いっぱい吸い込む日があるのは、とても大切ですね。
また来年も行くつもりです。


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2017年09月15日

びっくりのアメリカ滞在記1〜驚異のアメリカの風邪薬〜、の巻

■私は今、アメリカの某所におります。
都会じゃないです。田舎です。かなり。なので、安心して車の運転もできます(笑)
私は左ハンドル運転時代が長いので、こちらのほうが自分としても心安く運転できます。そしてここは、車の運転ができないとどこにも行けないようなところ。人が道を歩いているとびっくりして、逆に怪しむくらい、車が生活の重要な位置を占めるところでもあります。

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到着した日。
空が高い! アメリカに来た、って感じがするわ〜

■さて、今回は出発時からイレギュラー続きでした。
まず出発前日。
微熱があり、だるくて起き上がれない。寝ていれば何とかなるだろう、と葛根湯を飲み、申し訳ないけれどお約束をお断りして寝ていました。
寝て、だいぶ楽になったので、荷造りをはじめました。熱も下がっています。
でも何を思ったのでしょう…私、荷物に湯たんぽと体温計を入れたんですよね、とっさに…
前回のアメリカ旅行で「海外にはうがい薬がない」と判ったので、うがい薬と、そしてリセッシュ。
これが後々、功を奏します。

■アメリカ行きの長距離便に乗った途端、どうしようもなくだるかったので、すぐに眠りました。
極端に食欲もありません。
飛行機に乗って最初の食事も、「食欲がないから」とパスしました。CAさんが大変優しく、手厚くて、少しでもお腹に入れたほうが、と言ってくださったので、デザートだけお願いしたのですが、これもなかなか進まない。
さすがにおかしいと、「こんなこともあろうかと」前日手荷物に忍ばせた体温計で熱を測ったら…37度5分。うは! 地上の時より熱が上がってるし!!!
CAさんに事情を話したところ、冷えピタがあったのでそれをいただき、葛根湯を飲んでとにかく寝ました。
映画一本見終わるころ(ちなみに「帝一の國」を見ました。目を閉じて音だけだったけど、面白かったよ…(笑))、喉が渇くしなんだか常ならぬぼんやりした感じと頭がカッとしている感じがとまらなくて、再度検温。37度6分。下がらない…

さらに映画一本を見終わるころ(ちなみに「22年目の告白〜私が犯人です〜」を見ました。面白かったです。)再度検温。37度9分!!! これは…本格的にヤバイ!!!!
そろそろ冷えピタも効力をなくすのではないかと見回りに来てくださった(ありがたや…)CAさんに事情を話すと、CAさんの顔もピッと緊張するのが手に取るようにわかりました。

そうだ、いつも飲みつけてないバファリンを飲んだら、一気に熱が下がるかもしれない。
「急に熱を下げたいときにはバファリン」
というのは私の奥の手で、そのことを思いついたのは、私の本能が緊急事態を知らせていたからかもしれません。走馬燈的なヤツ?(笑)
幸いにも飛行機にバファリンがあるとのことだったので、CAさんはすぐに持ってきてくださり、そして、
「氷嚢をつくりますのでお待ちくださいね」
とのこと。
氷嚢!!! 機内で氷嚢!!
なんとCAさんたちは手分けして3つの氷嚢を作ってくださいました。
「両脇を冷やしてください、残りは頭を冷やしてください」
テキパキとした指示を受け、とりあえず両脇に氷嚢セット。気持ちいい〜
するとCAさん、引き続き緊張した面持ちで、
「あまり熱が高くなると、アメリカ入国の際、報告しなければなりません。到着まであと4時間です」
…そうか、検疫!!! こんな熱出して入国したら、日本だったらすぐ感温モニターに引っかかって別室送りだわ!
ぼう…っとした私の頭にも、さすがに緊張感が高まります。
「落とします。4時間で何とかします」
「では報告は…しなくても大丈夫でしょうか」
「大丈夫なようにします(きっぱり)」
…それから約3時間。バファリンが効いたのかぐったりと眠り込み、一度氷嚢を替えていただき…到着寸前には36度8分にまで落ちていたのでした。よかった、報告は免れた…
バファリン、すごい。いや、気力も半分あったか?(笑)
それにしても、CAさんたちには本当にお世話になりました。帰国したら、改めてお礼を申し上げたいと思います。

■しかし、それからトランジットした機内で結局38度5分まで熱は上がっており…ああ、つくづく入国審査後でよかった…
目的地について、慎重に慎重に車を運転してホテルに到着。
トランジット中にファーマシーで買っておいたアメリカの風邪薬を飲んで、その日の残りは朝までずっと眠り続けました。
「眠り続けた」というのは語弊があるかな。
そのアメリカの風邪薬にはこんなことが書いてありました。

12歳以上使用可能。
1回2錠、4時間おきに服用。
24時間以内の服用は10錠まで。

…アメリカの風邪薬なんて、そうでなくても強力なのに、4時間後に起きられるかね…

飲んで寝る前はそう思いましたよ。無理だって。
ところが。
…薬にはサーモスタットでもついているのでしょうか。
きっちり4時間ごとに目が覚めるんですよ…
結局3回、計6錠を飲んで、翌朝は36度5分まで熱は下がったのでした…
恐るべし、アメリカの風邪薬。

さすがにその日は慣らし運転で様子を見ながら用事を済ませ、少し早めに業務終了しましたが、いやぁ…4時間ごとにきっちり目が覚めるんですよ、本当に。驚異的じゃないですか、これ。

ところで、今から思うと、なのですが、風邪、というか免疫が落ちていた予兆はあったのでした。
口角炎(口内炎ではなく、口の端が切れるほうですね)が、ずっとずっと治らなかったのです。
何が悪かったのかわからないのですが、少なくとも2週間ぐらいずっと口角炎でした。
時々、逆流性胃腸炎で寝ている間に胃液が逆流し、口の端が荒れてしまうことがあり、それかな、とおもって放置しておいたのですが、あれは多分、免疫が落ちている、というサインだったのですね。
今年の夏の疲れが出ていたのかな…夏はほとんどなかったけど、変な天気で体調崩れやすかったし、相変わらず電車の中は風邪をひいている人特有の臭いで満ちていたし。

というわけで、今は元気です! でも…改めて外国の薬は強いわ…ということを身をもって学びました(汗)

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posted by Lilalicht_8 at 22:46 | Comment(0) | 旅行記

2017年03月02日

台湾旅行から帰ってきました・その3〜故宮博物院に行く〜、の巻

■さて、今回の旅行のメインイベント「故宮博物院見学」です。
なにせ前回は白菜も角煮もありませんでしたから! 今回は白菜があります!

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故宮博物院は、フラッシュをたかなければ撮影はOKです。(もちろん、特別に撮影禁止になっている展示物もありますが)
白菜って、意外に小さいんですよね。
デンマークの人魚姫像とか、シンガポールのマーライオン像みたいに、「え。こんなに小さかったの?」と驚くレベル。

20170216故宮博物院2.JPG
施さんが「中国の人は本当に頭良かったですね」と言ったこの展示物。
何かというと…

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そう、液体の計量カップなのです!
カップ、という言葉からイメージするより相当大きいですが(笑)
両サイドの取っ手に見えるところも、上下ともに別の容量を計れるようになっているっていう優れもの。
この利便性を追求した発想そのものが素晴らしい。

で、この「利便性の追求」は文字にも表れています。
「ここ、見てください」と施さんが指したのはこちら。
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これは、青銅器の鍋の内側に掘られた金文を、拡大して解説展示していたボードの写真です。
上の文字の横に「二」みたいな横棒が書かれてますよね。
で、下の文字の横にも「二」みたいな横棒が書かれている。
上の字は「子」という字の原型。下の字は「子」の右手の下に糸紬のようなものが書かれていて、この糸紬部分も「子」を表すので、「子の育てている子」を表すことから「孫」を表しています。
つまり、この二つで「子孫」なのですが、これらの文字の下にある「二」の文字が「繰り返す」を意味しているそうで、結果この金文は、
「子々孫々」
という意味になるのだそうです。
たかが横棒二本をつけ加えることで、新しい機能と意味が発生する!
「昔の人も、面倒なことは面倒だったんですね〜同じ文字を何度も書きたくなかったんです」
と施さん。うーん、その解説って(笑)

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これは毎日の洗顔に使われた「洗盤」。
この内側に書かれているのが、
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こういう金文で、内容は、
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こんなことが書かれているそうです。
内容は、「自分たちの祖先がどれほどの勲功を上げ、どれほど偉大であったか。これを子々孫々まで伝えなさい」みたいなことだそうです。

「毎朝顔を洗うときに、この文章を子孫たちは見なくちゃいけないってことなんですよ」

とまたまた施さん。
つまり、毎朝毎朝顔を洗い祖先を思い、祈りを捧げることを強制している(っていうのは言い過ぎかしら)っていうある意味呪いの洗盤なのです。
はぁ、すごい。
でも確かに、自分たちの祖先に想いを馳せるという行為が失われがちな現在、こういう日々目にする道具に自分のオリジン(=源流)が刻まれているというのは、意味があるように思われます。
記憶や歴史の継承は、途切れてはいけないんじゃないか、と私は思っているので。

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さて、これは何かといえば「醸造酒」を作るための壺です。
では、昔はどういう風に「醸造」していたかといえば、

「ご飯を噛んでこの壺に戻したりしていたんですね〜」

おお! これが「君の名は。」でメジャー感を得た(言い過ぎかしら)「口噛み酒」製造器か!
施さんはさらっと当たり前のように説明していたのですが、あの映画のあのシーン(とその後の妹とのやり取り)で「うわぁ…」と若干引いてしまった私にとってはなかなかに衝撃的で、でも「まあ、菌の概念がなかった古代としてみれば、こういう手段が一番手っ取り早いよねぇ…などと納得もしてしまったのでした。

故宮博物院は見るたびに楽しく、また刺激的な場所です。
またぜひ見に来たいものです。

■ちょっとだけお返事集
>ゆばーばさん
白菜と角煮にはなかなか一緒に会えなくなっちゃいましたね〜
今度は角煮に会いたいなぁ、と思っています。

>みこさん
大阪にも「新農さん」がいらっしゃるんですね!
コメントいただいてから調べてみてびっくりしました。(しかも、ジャニ勉でも訪れていたし(笑))
しかも、元々は農業の神様だったのに、大阪だと薬や医学の神様になっている!
台北の保安宮だと、医薬は保全大帝、農業は神農大帝、と役割分担ができていたのですが、多分保全大帝と神農大帝は一緒にまつられるケースが多く、それで日本では混同されて(もしくはミックスしたうえで日本の神様とも混ぜた可能性も?)まつられたのかもなぁ…とちょっと民俗学的な考察まで想いを馳せてしまいました。
ありがとうございます。

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2017年02月27日

台湾旅行から帰ってきました・その2〜保安宮に行く〜、の巻

■個人であってもガイドをお願いすると、故宮博物院から「入館予約時間」を指定されるようです。
前回もそうでしたが、今回も、「この時間からこの時間の間に入館してね」という時間帯があったようです。

総統府に行って小籠包を食べて、それでも故宮博物院に入るまでに時間があったので、「ちょっとおまけで」とガイドの施さんが連れて行ってくれたのが、大龍峒保安宮でした。

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圧倒的な迫力!
細部に至るまできれいな細工が施され、堂々としたたたずまいです。

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柱と柱の間の梁の細工が見事で、思わず見とれてしまいます。

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保安宮の龍門です。
繁華街から少し離れているせいか終始落ち着いた雰囲気で、地元の方たちが「うちの氏神様」みたいな感じでお参りに来ているのが印象的です。

これだけの素晴らしい建築物であれば、ユネスコの世界遺産に登録されてもおかしくないのに…とおもったのですが、
「台湾は国連加盟国ではありませんから」
と施さん。
ああ、そうだった。台湾は国際連合に加盟できないでいたのですね…
それでもこのお寺の美しさや歴史的価値は、そんな政治的なあれこれで毀損されるはずもなく、世界遺産には登録されていませんが、2003年にアジア太平洋文化資産保存賞を受賞しているそうです。
台湾の人たちは、一応「世界遺産に準ずる」という理解をしているようでした。

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壁画も綺麗。
これは八仙大鬧東海の図。
道教の仙人たちと東海龍王の戦いの様を描いているそうです。

このお寺の主神は「保全大帝」といい、もとは呉さんというお医者様だったそうです。
一生を菜食で過ごし、色々な物を口にして毒や薬をよりわけ、様々な医術によって人々を救ったのだそう。
なのでこのお寺には、お参りする人が生肉などの供物と一緒に自分が身に着けていた洋服を身代わりにお供えして、体の悪いところを治してもらえるよう祈願するそう。
ちなみに生肉をささげるのは、門番をしている「五鬼」(青鬼・赤鬼・白鬼・黒鬼・黄鬼)の気を引いておくためなのだとか(笑)

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これも道教の物語の一節を表しているのでしょう。
道教の話も、もっとよく勉強しておけばよかった!

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やっぱりここにも媽祖様がいらっしゃいました。
海に面したアジアの都市では必ずお祭りされていますよね。
有名どころはマカオでしょうか。
日本でも、沖縄や長崎に媽祖信仰が伝わっています。

他にも、神農大帝などが祭られていて…ああ神農大帝って、読みかけの本の題材になってたっけ。まさかこんな風に邂逅するとは。ちゃんと本、読んでおけばよかったなぁ。

というところで。
この記事、まだ2日目の午後ちょっと回ったところなんです(笑)
今回も濃密な台北旅行となりました♪

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2017年02月24日

ちょっと遅くなりましたが、台湾旅行から帰ってきました・その1、の巻

■といいつつ、正確には「台湾」ではなく「台北」のみなのですが。
前回台北に行ったのは去年の8月の事でした。
それでまたこんな短いタームで台北に行くことになったかといえば、うーん、やっぱり台湾くらいだと国内旅行と同じくらいかもしくは安いくらいで行けちゃうから…でしょうか。

あと、前回は故宮博物院に翡翠の白菜も角煮もいなかったから!(笑)

聞くところによると、台南に新しく博物館(か美術館)のようなものができて、以来台北の故宮博物院と台南のそれぞれ一方ずつに白菜か角煮があるように巡回することになったのだとか。
そうか、白菜と角煮が台湾でそろうことはないのか。
海外の巡回企画展ならそろいそうだけど。

もしかしたらこれ、「リスクヘッジ」のひとつなのかなぁ…と思ったのは、帰国してからでした。

■さて、今回新しくいったところといえば、台湾総統府でした。
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赤と白のレンガ造りは東京駅に似ていて、いかにも日本統治時代の建物、って感じですよね。
ジョサイア・コンドルの下で西洋建築を学んだ辰野金吾のお弟子さんたちが設計したので、「辰野式建築」と呼ばれているそうです。
この建物、前回台北に行った時から見たかったんですよねぇ。
平日の午前中だけ、公開されています。
総統府は(今のところ)実際に執務が行われているところなので(日本でいえば首相官邸みたいなものですよね)、入館するにはパスポートが必要です。あと、服装もあまりにカジュアルだと入れないこともあるようです(多分セキュリティの問題と、台湾政府への礼儀の問題なんだと思います)。
セキュリティチェックも結構厳しく、憲兵さんたちが機関銃もっているすぐそばで手荷物検査とX線検査があります。
総統府の周りには、制服を着た憲兵さん以外にも、ボランティアみたいに見える普段着姿で巡回している人たち(小型カメラを携帯している人もいるとか)もいて、かなりの人数が警備していることがわかります。

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館内は基本的に写真撮影禁止です。写真を撮っていいところは指定されています。
この写真は、中庭の北側部分からの写真。

中に入ると、北京語・日本語・英語でそれぞれ係りの方がいらっしゃって、丁寧に館内を案内してくれます。
私たちがたまたま当たったのは、かなりベテランの、非常に丁寧な日本語を話す男性でした。

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総統府の模型

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総統府の中は、現政権の人気を示したような写真や絵がたくさんありました。
蔡総統、愛されてますよね〜

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出口の木製の大きな扉。
楠の一枚板から作られているんだとか。

さて、先ほど「今のところ」総統府は執務をしているところ、と書きました。
というのは、今回のガイドさん曰く、新しい総統府を作る計画があるから、だそうです。
今の総統府はやはり古い。
特にIT周りのセキュリティに多大な問題を抱えている。
そういうセキュリティを考慮した新しい「総統府」を建設する予定があるのだとか。

「中国と戦争になるときのことを考えて」

ガイドさんはそう、いいました。
これが今回の旅のキィワードでした。
台湾の人たちは、当たり前のように、日常の中で「中国との戦争」を想定している。
それを、このガイドさんだけでなく、別の事からも知ったのでした。

話を戻すと、総統府見学は大変楽しかったです。
建物も綺麗だったし、中に展示されている台湾の少数民族の写真や、台湾の歴史、台湾の文化人の時系列パネル、台湾の軍服や、実際に使われていた大きな台湾総統の執務机など、興味が尽きませんでした。

でも、私たちはここでぐずぐずしていることはできません(ていうか、公開時間過ぎてたし!!!)
次は小籠包食べて、故宮博物院に行くのです!

☆東洋占星術のひとつである「算命学」について主に取り扱っているブログ「Wheel of Fortune」も再開しました。☆

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2017年02月19日

台湾から帰ってきました!(ご報告)、の巻

金曜日の夜遅くに、台湾から帰国しました!( ´ ▽ ` )ノ
短いながらも今回もまた、実りの多い旅でした。
詳細はまた明日以降…

あ、期せずして「ザ・コンサルタント」を機内でもう一度見ることができました。今回は吹替版。2回目だったこともありますが、吹替版のほうが時系列が整理されて見られて良かったです。
2回目見ても、やっぱりいい映画でした。
続編があるといいなぁ。
posted by Lilalicht_8 at 16:24 | Comment(0) | 旅行記

2016年11月04日

台湾旅行記その10〜5日目 最終日はのんびりと、の巻

■いよいよ最終日! ゆっくりするはずの旅行でようやく本当にゆっくりする
8月29日、最終日は帰るまでは完全にフリーでした。
飛行機の予定は松山空港発18時。16時くらいには空港についていればいい計算なので、ちょっと余裕を考えると15時までは何かできる、ということになります。

というわけで、この日は台湾式マッサージ!と最後の小籠包ツアーに費やすことにしました。

20160825部屋からの眺め.JPG
ちなみにこれは、お部屋のベランダから見た台北の夜景です。
この夜景が見たくて、圓山大飯店に泊まった…ともいえる。
この眺めが見たい方は、必ず「City View」のお部屋を予約してくださいね。

■まずはマッサージ
個人手配のマイクロバスの中で、ガイドの陳さんからマッサージのパンフレットをいくつかもらいました。
マッサージはここに行きたい!という希望は特別なかったので、私たちは志村けんさんが目印(これって何かキックバックがあるのかしらね…それとも勝手に使ってるだけなのかしら(笑)謎です)の豪門世家理容名店(Dinasty Barber Shop)を予約してもらえました。
利点は、ホテルまで車が迎えに来てくれること。帰りももちろん、送ってくれること。
私は足つぼマッサージ、耳掃除、台湾式シャンプーを選択しました。これらはコースにはなっていないので、オプションの組み合わせです。
もうちょっと時間があったら、全身マッサージ受けてもよかったんだけどなぁ。

耳掃除と台湾式シャンプー、とてもよかったです! 
特に台湾式シャンプーは、頭がすっきりするシャンプーとマッサージで、頭のコリが一気に取れました。
これはお勧め。
シャンプー後のブローとセットは、かなり台湾風なぐるぐる巻き髪になりましたが、髪の毛がつやつやで、頭皮もスッキリして、大満足!

■そして、ホテルに戻って小籠包を
マッサージのお店から再び街中に出て小籠包のお店を探すより、どうせならホテルのレストランに行って見ようよ!
というわけで、ランチタイムの終わりぎりぎりに、圓山大飯店の中にある「圓苑」に飛び込みました。
ここの小籠包が、予想外においしかったのです!!!
まず、通常の一口でいける小籠包の倍の大きさがあるので、肉汁がたっぷり味わえます。
皮もしっかりしていてしかもおいしい。
この大きさだと、慌てて食べると口の中が熱くて大変なことになるので(笑)レンゲの上でじっくりとスープを味わい、ゆったりと皮と肉団子を味わう。
その一連の流れすら、なんとも優雅さが漂います。

結局私たちは4軒のお店で小籠包を楽しみましたが、個人的には「點水樓」とこの「圓苑」が大変好みでした。
この2店舗はお勧めできます。

■そして、帰国。
このようにして。
私たちの4泊5日に渡る台北旅行は終わりました。
最初に書いたとおり、今回の大きな成果は、ちょっとお金を出してたくさんの情報を手に入れられたことでした。
台湾の今。
日本の統治時代のこと。
中国との関係性。
知らなかったこと、知っていたけれど視点が変わったこと、色々ありました。
どれもこれも私にとってはかけがえのない経験であり、生きた知識につながりました。

そして、何より。
私はまた台湾に行きたい!!という気持ちを今、強く持っています。
今度台湾に行ったら、あれ仕様、これ仕様、という展望が開けたというか。
あ、故宮博物院の白菜と角煮は見に行かないと!(笑)

台湾、とてもよかったです。
日本人にとっては今がチャンス! 台湾に行きましょう。

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posted by Lilalicht_8 at 15:28 | Comment(0) | 旅行記

2016年10月25日

台湾旅行記その9〜4日目 小籠包を食べ歩く&台湾こぼれ話を聞く、の巻

■小籠包タイムトライアル!
私はどちらかというと故宮博物院を見られれば良かったので、食に関しては正直…そんなに興味がなかったのです。
ただ、同行の友人が思った以上に小籠包にこだわりを見せていたので、だったら彼女が行きたいところに一緒に行けばいいかな〜くらいの軽い感覚でおりました。

九份からの帰り道、八田與一の功績を聞いて感動した後、「明日はどうするんですか?」と陳さんに尋ねられました。
「明日は小籠包を食べ歩きます」
といったら、陳さんはちょっときょとんとした顔をしていました。ええ、私もちょっときょとんとしました。
食べ歩くってどのくらい食べるつもりなんだろう?

「鼎泰豊に行くなら、午前中にチケットをもらっておいた方がいいですよ」
と陳さん。チケット?
「店内に入るのに、空いているときでも40分くらい待ちますから、番号札が渡されるんです。お店の前に電光掲示板でチケット番号が表示されますから、自分の番号が呼び出されればお店に入れます」

ひえええ! 鼎泰豊ってそんなことになってたの!!00年代に行った時はそんなシステマティックなことにはなってなかったよ!
私が驚いている隣で、友人はすでにその情報は入手済みだったようで、ふんふんとうなずいています。
ホテルに帰ってから改めて、「んで、明日どうするのかね?」と聞いたら、

「まず11時半くらいまでに鼎泰豊に行ってチケットをもらい、番号待ちしている間に、鼎泰豊の近くにあった小籠包のお店に行って食べて、それから鼎泰豊に戻ろう」

…は?
私は一瞬理解不能に陥りました。
まぁ、故宮博物院と九份にいって、だいぶ頭と体が疲れてたから、この日はあんまり考えたくなかったんだと…思います。
理解できないけど、「じゃあ、11時くらいに出発すればいいよね。ゆっくり目のスタートで!」と話し合ってその日は眠りました。ええ、爆睡でした(笑)

さて翌日。
朝ご飯は軽めにして(ちなみに圓山大飯店の朝ご飯は、バイキング形式なのですがとてもおいしいのです! 和洋中華が一通りそろっていて、大体何を食べてもおいしい! 朝から暖かい麺類を食べられるのも素敵だった…なので私たちは朝ご飯の時間をとても大切にしていたのです)、いざ出発。
地下鉄圓山駅までの循環バスに乗り、圓山駅に着くて、どうも雰囲気が違います。
圓山駅前には、「国際花博覧会」跡の見本市会場が残っていて、ここで色々な催し物があるのですが、この日は集まっている人たちが…基本的に若い。
しかも、日本のアニメ絵(というか、萌絵っていうんですかね?)の美少女がでかでかとプリントされたTシャツを着ている人が多くて…え? もしかしてこれ、台湾版コミケか?

どうやらそれは正解だったようですが、日本でもコミケってある程度マナーというか暗黙のルールがあるんですよね。特に「列を作る」ということに関して。
台湾でもそれは同じで、駅から会場までの移動が、実に整然としている。
勿論、混んでいるんですけど、邪魔だな、と思ったことはなく、「はぁ〜よく訓練されてるわ…」と彼らのその慣れた風な行動を、驚きを以て眺めておりました。

さて、地下鉄に乗って東門駅に移動。鼎泰豊の本店はここから歩いて数分です。
陳さんのアドバイス通り番号札をもらうと、現在の番号からははるかかなたの番号…なんと70分待ちと言われました。
「この70分の間に、もう一軒行くのよ!」
と友人。ああああああ! そういうことだったのか!!!
というわけで、鼎泰豊近くにある「高記」という小籠包のお店に行きました。11時半ちょっと過ぎくらいのことです。

20160828高記.JPG
鼎泰豊から近い、というだけでふらっと入った高記でしたが、これが思いがけずおいしかった!!!
鼎泰豊待ちの間に高記に行く、というのはお勧めプランかもしれません。

高記の小籠包で腹6分目くらいまで満たしたところで、40分ほど経過。あと30分ほどあったので、近くにある台湾土産のかわいいお店「圓融坊」に行きました。布製品が多く、それ以外にも可愛くて日本人心をくすぐる雑貨がたくさん! 結局私は特にお土産を買う予定がなかったので買いませんでしたが、ここにある布バックにとても心惹かれたので、今度行ったときには買おうかなぁ…とちょっと思っています(笑)

さて、そんなこんなで70分経過。
慌てて鼎泰豊に向かうと、ちょうど私たちの番号の次の番号が呼ばれたところでした。
「すみません、私たちの番号過ぎてました」
というと、「呼びましたよ、番号」とちょっとだけ入り口のおねーさんにお小言をくらい(笑)その後店内へ。

鼎泰豊の店内・・・・・・・・変わってる!!!!
前はもっと町の食堂、みたいな…なんというか、もっとわさわさしていて、ぶっきらぼうで、小籠包もどーんと雑におかれる感じだったのに…綺麗に改装されていて、しかも店員さんたちのサービスが素晴らしい!!!
テキパキと動き、日本語も完璧。
なんだ、英語いらないやんけ(驚きのあまり、内心の言葉が雑になりました)
をををを!!!! トイレまで美しい!!! ああ、なんてことでしょう!!!

20160828鼎泰豊.JPG
へちま入り小籠包。これは歯ごたえがあっておいしかったです。
一通り「さすが有名店! 金持ってまんな〜」と施設に感動していたのですが、鼎泰豊…前回食べたときも、正直、そんなに特別な感動は…覚えなかったんだよな…(ごにょごにょ…)
とはいえ、この店内の美しさ・清潔さ・サービスの素晴らしさは経験してみるといいのかもしれません。

こうして、小籠包を効率よく食べ歩くことができたのですが。
友人曰く、
「V6の長野君みたいな食べ歩きをやってみたかったの!」
だそうで…ああ、原点はそこだったんかい…とちょっとあっけにとられたことは、付け加えておこうかと(笑)
長野君、こういうタイムトライアルみたいな食べ歩きを続けてるんだよな、趣味で…すごいよ…すごい…

■翡翠市へ行く
さて、今回の台湾旅行のミッションのひとつに、「翡翠市(Jade Market)に行く」というものがありました。
香港のJade Marketで大きめの翡翠のペンダント(練り物ですが、プラスティック製ではないことは一応確認しました)を買ってつけていたところ、
「そのくらいの大ぶりの翡翠のペンダントがほしいわ!」
と母からリクエストを受けたからでした。
確かに、大ぶりのペンダントが一つあると、特に冬の時期なんかタートルネックのセーターに合わせてつけるとゴージャス感が出ていいのよね。
というわけで、恐る恐る行ったのが、「建國假日玉市」でした。
「恐る恐る」というのは、香港のJade Marketでの客引きが激しくて、しかも駆け引きも結構シビアで(やってるうちに、その値引き合戦が楽しくなったりもするのですが(笑))、翡翠のペンダント一つ買うのに、とても消耗したからでした。
台湾のJade Marketは基本的に週末にしか空いていません。
で、行って見ると…あれ? 前回もここに来たはずなんだけど、雰囲気がずいぶん落ち着いている…
というか、客引き全然ない! え? やる気あるの? ないの?(びっくり)
とりあえずぐるっと一周したのですが、お店を出している人たちは一様に、知り合いとのんびりおしゃべりしながらお茶を楽しんでいる人たちばかりで…なんかとてつもなく穏やかな空気が流れている(笑)

20160828翡翠市.jpg
いくつか目をつけていたお店のなかで、結構デザインのセンスがいいお店に入り、軽く交渉してこのペンダントを無事にゲット!
帰国後、母に渡したら大変気に入ってくれたようなので、よかったよかった。
台湾のJade Market、随分穏やかでした。
ただ、品ぞろえは香港のほうがあったかな。その分香港のJade Marketのほうがまがい物も多い気がしますけど。

■時間が余ったので、西門に行って見る
猫空に行ったとき、行きの水晶ロープウェイで一緒に乗ったアメリカ人家族のお父さんが、
「西門は結構面白いよ。日本でいえば東京の新宿みたいな感じかな。新宿の方がもっと華やかだけどね」
と教えてもらいました。
そーいえば私たち、台北の繁華街って行ったことないよね〜…ということで、行ってみました。
地下鉄の駅を上がると目の前に広がるのは…あれ? これ渋谷のセンター街っぽくない? という街並みでした。
そして、繁華街だけあって混んでる!! 年齢層も結構若い!!!(笑)
うわぁ、あちこちに日本の漫画やアニメ的なキャラクターがあふれてる…
確かに、新宿(主に東口)と渋谷を足して2で割ったような感じ。これは、台湾の地方からくる子たちにとっては楽しい街に違いない!
ただ、私たちが心惹かれるものは特になくて…それよりも本当に疲れて、どこかで休みたかったので、ちょっとおしゃれっぽいカフェに飛び込んで、一息つきました。
で、西門て他に何があるのかね?
あ、西門紅楼ってのがあるよ。ほら、台湾総統府と同じような、日本統治時代のレンガ造りの建物らしいよ。
というわけで、そこそこいい時間にもなっていたし、何より疲れていたので、西門紅楼を見に行って帰ることにしました。
が。

20160828西門紅楼.JPG
工事中だったし!!!
ちなみに、写っている人たちが皆一様にうつむいているのは…西門紅楼がポケストップになっていたからでした(笑)
みんなポケモンGOやってたのです…

なんだーこれじゃあんまり見た甲斐なかったね〜なんてことを話し合っていたのですが。
翌日、再びガイドの陳さんに会った時、「昨日は何をしてたんですか?」ときかれ、小籠包食べ歩いてから西門紅楼に行きました、と答えたら、陳さん、微妙な表情を浮かべていました。
「そうですか…あの辺りは、ゲイの集まるスポットなので…私は行ったことがありません…」
あっ!!!!
…そういえば、西門紅楼近くの土産物店の軒先に、何かボンデージファッション的なスタッズ付の革のベルトで構成された衣装(明らかに男物)を着せられたマネキンがあったよ…
そういうことだったのか…

正確にいうと、私たちが写真を撮った場所の建物を挟んで向こう側がいわゆるそういうポイントのようでした。
…あ。ロープウェイで一緒になったアメリカ人のお父さんは、そういうことも知っていてあえて「新宿」といったのかしら…? あの人、親戚が東京に住んでいて、何度も東京に行ったことがあるって言ってたから、その可能性もないではないよなぁ…

情報って、いろんなところで一本につながるものなのですねぇ…(しみじみ)

■陳さんの台湾こぼれ話 1
「漢語を一番使っている国はどこだと思いますか?」
と、故宮博物院を見た後、陳さんに聞かれました。
「中国語」「北京語」でもなく、あえて「漢語」?
そこに何かトラップを感じて(笑)「うーん…」と首をかしげていると、いともあっさりと、
「日本ですよ」
とのこと。
特に明治期以降の日本で、西洋の文化を取り入れようとしたときに、西洋の学問の「概念」を理解するために「漢字」を使って和訳しようという試みが盛んにおこなわれた…ことは知っていました。
例えば、「政治」「科学」「物理」「平和」など。
ああ、そういう意味では日本が一番漢語を使ってるのか…

「日本で作られた漢語が、漢字文化圏にも輸入され、今でも使われているんですよ」

やっぱり明治期の人たちの知識に対する貪欲さは素晴らしい!

■陳さんの台湾こぼれ話 2
故宮博物院は混んでいましたが、展示物が見られない、というほどの混みようではありませんでした。
翡翠の白菜と角煮がなかったせいもあるのだと思いますが、陳さん曰く、
「故宮博物院は空いていてよかったです。最近、大陸の中国からの観光客が減りましたからね」
とせいせいしたような感じでいっていました。
そうなのです。中正記念堂の時にもちらっと書きましたが、現在、台湾民進党の政策により「1992年コンセンサス」の見直しが行われて台湾が「ひとつの中国」という概念に対して否定的になったため、大陸の中国はそれに対する制裁として中国からの観光客の人数を制限しているのですね。
中国は基本的に国策で動く国ですから、中国国内にある旅行会社に「台湾旅行を減らせ」と国から命令が下りればそれに従わざるを得ない。
というわけで、中国からの観光客が今激減しており、台湾の観光業も大打撃を受けてデモが起こるほどの騒ぎになっている、と。
でも、その一方で「故宮博物院が見やすくなってよかった」というのも、台湾の一部の人たちの間違いのない本音であり…

というわけで、今日本人が台湾に行くと、大歓迎されること間違いなしです。
台湾に行きましょう(笑)

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2016年10月20日

台湾旅行記その8〜3日目 九份に行く、の巻

さて、大興奮(脳を思いっきり使ったので(笑))の故宮博物院を後にし、しばらくホテルで休憩をとってから、確か17時少し前くらいでしょうか、九份に向かって個人手配のマイクロバスで出発しました。
ここでもガイドは引き続き、陳さんです。

最近台湾に行った方々は、口をそろえて「九份よかったよ」と教えてくれました。
なーんにも考えていなかったので、「そんなに勧められるなら行ってみるか」程度の軽い思い付きで今回の九分行きを決めたのですが、ここ、「千と千尋の神隠し」のモデルになった街なのでは?ということで日本では有名になった場所だったのですね。もっとも、ジブリは「九份モデル説」を否定しているようですが。

台北から九份までは、車で約50分ほどの行程でした。
なので、車の中では陳さんからたっぷり九份についてのレクチャーを受けることができました。

九份の「份」とは、市町村などと同じく自治体の単位のひとつだったようです。
そこから、「份が9つあったから」とか「9つ目の份」とか、そんなことが九份の名前の由来になっているのだそうです。
ちなみに「十份」という地名もあるので、「9つ目、10個目の份」ということではないか、と陳さんは考えているようでした。この「十份」もランタンフェスティバルで有名なところなので、次回の台湾旅行のときには十份に行って見るといいですよ、とのこと。

九份は元々、金鉱山で有名な場所でした。
そして、台湾の玄関ともいうべき基隆市の港までも比較的近い。
当時台湾を統治していた日本からすれば、九份はまさに「金のなる木」であり、ここで掘り出された大量の金が、日本の経済も支えていたのです。
この金鉱山の持ち主こそが、台湾五大財閥のひとつといわれる「顔家」一族。

「あれ? 顔家って…日本の歌手の一青窈さんのお父さんの実家ですよね?」
本当に偶然なのですが、比較的最近、何の番組だったかで一青窈さんの半生を扱っていたのをみて、私、ちょっと興味があってネット検索していたのです。
すると陳さん、
「そうです。一青窈さんとお姉さんのお父さんはここ九份の顔家出身です」
おお、ビンゴだった!
「ああ、それでお父さんは日本で教育を受けたんですね」
「そうです。顔家の長男でしたから」
ああ、ようやく一本の線でつながったよ! 九份だったのか!

けれど、日本が敗戦し、台湾が中華民国(当時の中国)の国民党による統治を受けるようになってから、九份は段々と様子が変わっていきます。
その象徴的な出来事こそ、台湾旅行記その4でちらっと書いた「二二八事件」でした。
これは本省人(ざっくりと定義するならば、1945年以前から台湾に住んでいた人々)の、外省人(ここでは主に1945年以降に当時の中国=国民党政権の中華民国から来た人々)への抵抗運動でした。
この「二二八事件」を取り上げた映画が「非情城市」であり、事件発生当時の台湾の面影を残すロケ地として選ばれたのが、九份だったのでした。
そう、私、非情城市で見てたはずなんだよ、この九份! 頭の中で全然つながってなかった、自分にがっかりだよ!(笑)

20160827九份5.jpg
ちなみに「非情城市」のロケ場所になったお店は、映画にあやかって「非情城市」という名前の喫茶店になっていました(笑)

陳さんによれば、この映画をきっかけに九份も映画やドラマのロケ地としての誘致を積極的に行い、また景観保全にも力を入れるようになり、今では台湾の観光スポットのひとつになったのだそうです。
イメージとしては、日本の京都とか鎌倉とか…そんな感じに近いのだとか。

20160827九份1.JPG
九份は雨が多い街。7〜8割くらいの確率で雨にあたるんだとか。
この日は、九分に向かう高速道路の中でかなり強烈な雨にあいましたが、あとは曇り空。ラッキーな方でしょう。
九份の古い家の屋根が黒いのは、この雨よけのためにタールを塗っているからなのだそうです。
この屋根の黒と提灯の赤、そしてなんとなくいつも鈍色に光る空。
これらが九份の、何とも言えない情緒を生み出しているのでしょう。

20160827九份2.jpg
黒い屋根と赤い提灯…雰囲気伝わりますかね(笑)
九份は階段がとても多いのですが、この階段の様子は、香港島の石畳の階段通り・ポッテインジャー通りにとても似ていると思いました。

20160827九份5.JPG
九份の看板犬・黄ちゃん。陳さんは「黄色ちゃん」と呼び掛けていました(笑) 人にとても慣れていて、人懐っこくておとなしいわんちゃん。

20160827九份3.JPG
夜の九份。風情がありますね〜

ところで、私たちが行ったときはちょうど、ポケモンGOが台湾で公開されたばかりの時でした。
で、ここ九份はすれ違う人すれ違う人、みんなポケモンGOアプリを立ち上げながら歩いていまして(笑)
そうでなくても九份は、人混みがすごくて歩くのもやっと、という状態らしいのですが、この時は歩いているのか止まっているのかもわからない、くらいの速度でしか歩けませんでした。人いきれに酔って疲れてしまって…歩いているときは景色を楽しむ余裕はなかったです、正直(笑)

九份は雨が多い、と聞いて、私はふと、
「そういえば、台湾にはダムがあるんですか?」
と陳さんに聞きました。
というのも、沖縄旅行に行ったとき、沖縄はダムの整備が遅れたので、個人宅に台風待ちの貯水タンクを備えている、と聞いたことがあったからでした。
「ダム、ありますよ」
とその時はそこで会話が終わったのですが、私のこの質問を覚えていたらしい陳さん、九份からの帰り道は、
「台湾のダム」
についてのレクチャーでした。
そしてそれは、私たち日本人が知っておかなければいけない、レクチャーでもありました。

台湾にはダムがあります。
最も古いダムは、台湾の西部にあります。
日本統治下の台湾。ダムができる前の台湾の西部は、潅漑事業もままならず、用水路もない状態で、農業には適していない地域だったそうです。
そこにダムを造り、潅漑事業を整備し、台湾西部を農業ができる地域に生まれ変わらせた人物こそ、日本から派遣された八田與一(はったよいち)という日本人技師でした。
最初のうちこそ、あまりに壮大なその着想が返って胡散臭がられていたようなのですが、八田さんは地元台湾の人たちともよく交流を持ち、慕われ、やがて台湾で生涯を過ごしたいと思うほど、なじんでいたようです。
何より、不毛地帯に水をもたらし、農業を起こすきっかけを作ったという功績は広く台湾の人々の尊敬を集めていたそうです。
その功績ゆえに、今度は別の土地での灌漑事業を日本政府から命じられた八田さん。
改めて招聘され、フィリピンに向かう船の途中…アメリカの海軍潜水艦によって五島列島沖でその船が撃沈され、殉職なさいます。56歳という若さだったそうです。
ところが、どういう偶然が重なったのか…八田さんの遺体は、日本の山口県沖で見つかるのですね。
八田さんの遺骨は故郷の金沢と、そして台湾の、八田さんが作ったダムのそばに分骨されてあるそうです。

「日本人で唯一、台湾に銅像があるのは八田さんです」

その八田さんの銅像も、鉱物資源が乏しくなった戦時下の日本政府によって、何度か取り上げられそうになったそうですが、八田さんを慕う人たちによってずっと隠され、守られ、現在に至るそうです。

「ああ、もう一人、日本人の銅像がありますね。八田さんの奥さんです」

八田さんの奥さんは、八田さん殉職の報を受けて間もなく、八田さんが作ったダムに身を投げ、後追い自殺したのだそうです。
そのご遺体は今、八田さんと共にあります。

今でも、金沢にある八田さんの出身校の生徒たちは、修学旅行で台湾を訪れ、この八田夫妻の銅像に献花を続けているのだとか。

「何年か前に、八田さんの生涯がアニメ映画になっていましたよ」
と陳さん。
後で調べたところ、「パッテンライ!」というタイトルで、確かにアニメ映画がありました。
ちなみに、この映画の主題歌は一青窈さんが担当しているそうで…九份半日観光は、一青窈尽くしか(笑)

私は不勉強で、まったくこの方のことを知りませんでした。
陳さんが教えてくれるまで、台湾最初のダムが日本人の手によるものだとは知りませんでした。

「日本の統治は問題があったけれど、国民党政権の統治よりはましだった」

そんなことを、台湾旅行初日に陳さんから聞いていましたが、なるほど治水事業の源泉はここにあったのか、と。
日本統治下のアジア諸国では、今でも当時のインフラ(主に下水道設備)をそのまま使っているケースが多い、と聞いたことがあります。
その具体例の一端を、思いがけず知ることになりました。

私たちは先人の恩恵を得て、こんなに楽しい旅行ができているんだなぁ…
本当に知らなければならないことは、知る努力をしなければならない。
知る努力を続けていこう。
改めて、そんなことを考えるに至った、九份観光でした。

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2016年10月18日

台湾旅行記その7〜3日目 故宮博物院に行く、の巻

台北観光のクライマックスといえば、やはり故宮博物院になるのではないでしょうか。
台湾に行ったことがある人に「台北の見どころってどこ?」と聞くと、ちょっと考え込んでから、
「…故宮博物院かなぁ…」
あ、あと食べ物は何でもおいしいよ!などと付け足しコメントをくださるのが、まぁ一般的かな。

というわけで、3日目はいよいよクライマックスの故宮博物院です。
この日は、またまた陳さんに一日ガイドをお願いしました。

先にも書いたとおり、2000年代に台北に来たきりの私。
その時にも当然故宮博物院に訪れていたのですが、一番印象に残っているのが、翡翠の白菜でも、角煮でもなく…トイレだったという…あ、これってちょっとトラウマになってるのかな。
トイレがね…これだけの一大観光地であるにもかかわらず、ちょっとびっくりするくらい汚かった。
下水道インフラがあまり整っていないため、トイレットペーパーを水に流せないのは…まあ知っていたから覚悟があった。
でもその使用済みのトイレットペーパーを入れるバスケットに蓋がなくて、しかも山盛りになって、なんならはみ出して落ちてたりするもんだから、当然匂いがすごい。
なんとなく、足元もびしょびしょ濡れている感じ。
故宮博物館は広いですから、見て回っている間にどうしてもトイレに行きたくなる時がくる。
でも、一度このトイレを経験してからは…我慢しましたよ、ホテルに戻るまで。
もう二度とここのトイレには入りたくない、という決心の下に。

…そんな記憶が鮮明にあるので、故宮博物院は文物は素晴らしいけれど、とりあえずトイレを我慢しよう、と再び決心し、向かったわけです。

ところが。

故宮博物院は、すべてにおいて綺麗だった!!!!(思わず大文字(笑))

まず、入り口がものすごくきれいになっていました。
絨毯がきれい。あれ、こんな手前のところにカフェがあったっけ?
っていうか、地下1階ができてる!!!! 綺麗で大きいミュージアムショップがある! 品数が増えてる!! いやいやちょっと待て、そもそも、エスカレーターがあること自体、驚きではないか…
そしてそして!! 懸案事項だったトイレも綺麗になってる!!!(感激)

「故宮博物院てこんなだったっけ? なんだろう、何だろう…」
叫びたいような気持を心の中で収めつつ、何事もないように歩いていく陳さんの後をついていきます。

今回、私たちは公認ガイド(台湾の観光局が公認しているガイドさんは、免許証のようなカードを常に首から下げています)についてもらっているので、どうやら「団体」扱いになるようでした。私と友人の二人なんですけども。
団体ツアーの場合、あらかじめ入場時間を予約しているようで、私たちは9時45分入場でした。
ちなみに、観光バスでまとめてくるようなツアーは、直接地下1階の団体用玄関から入場するようです。
ここでしばらく、陳さんが手続してくれているのを待ちます。
待っている間眺めていると、やはり大陸からの中国人団体がそこそこいる感じがしました。けれども、圧倒的に多かったのは日本人ツアー客。なんでわかるかといえば、言葉はもちろんなんですが、日本人ツアー客は、基本的に2列にきちんと並んで待っていたからでした(笑) 並んで待つことに慣れているのは、実に日本らしい。
私の乏しい知識と耳学問を頼ると、中国人団体は、比較的南の地方からの方々が多いような気がしました。中国語の音が丸い人が多かったです。

さて5分くらい待っていると、陳さんがイヤホンガイドを持って戻ってきました。このイヤホンガイドからは、自分たちがついてもらっているガイドさんの声だけが聞こえてきます。ガイドさんはマイクをつけて、文物の説明をしてくれます。おーすごい! いいシステムだ。ずいぶん前にルーブル美術館とかでもこういうの見たな。でも故宮博物院はそれのさらに洗練されたシステムになっている。
10年ちょっとで、建物もシステムもこんなに変わるものなのねぇ…(しみじみ)

そんな驚きと感慨を覚えていたのですが、驚きはこれだけでは終わらなかったのです。
ガイドの陳さん!!! その凄すぎる知識量に圧倒されます。
まずは文房四宝が展示された部屋から説明が始まりました。
見どころをざっと説明してくれるだけでなく、陳さんのガイドの特徴は、漢字の成り立ちと展示されている「現物」を関連付けて説明してくれることにありました。
あまりに内容が濃すぎて、全部覚えられなかったのが悔しい…というか、こんなに懇切丁寧に教えてくれるなら、メモを取っておけばよかった(泣)

例えば、文房四宝の部屋では、実際に机の上に配置している様を再現しているコーナーがありましたが、
「書の机と、絵の机は作りが違う」(絵を描く机の方が確か横に長くて大きい机なのです)
「座って使う机を『机』といい、立って使う机を『卓』という」
なんてことから始まり、「今では区別がなくなっているものも多いけれど、使う漢字によって物そのものが違う」という説明が入って、陳さんの知識が炸裂したのは「青銅器」の部屋でした。
青銅器は基本的に祭器に使われることが多いのですが、祭儀によって青銅器は、例えば杯であっても呼び方が違う。鍋も呼び方が違う。
秦の始皇帝によって度量衡が整備されてからは、計量用の道具も細分化された。
一番驚いたのは、普段何気なく使っている「権利」の「権」という字が、実は「分銅」(物の重さをはかるための道具ですよね)を意味している、ということでした。
「利」という字は「のぎへん」=作物、「りっとう」=鋤など鋭い刃物、からできていますので、原義としては「鋤で刈って収穫された作物」ということになり、転じて「収入、収益」を表すようになったそう。
つまり「権利」とは「作物の量を分銅で計る」ことが元々の意味であり、そこから転じて、「収益を計る」「自分の取り分を計る」=自分の取り分=権利、になった、と。

「権はもともと青銅器です」
と言われて、もうただただ圧倒されるだけでした。
他にも、祭儀用の杯と普段使いの杯の違いや、今の杯から消えてしまった部品は「たぶんお酒を飲むときに髭が邪魔にならないようにするもの」などなど、微に入り細に入り、時には自作のメモを見せてくれながら、流れるように解説してくれます。

その知識量に圧倒されつつ、陳さんのガイドで一通り青銅器と陶磁器のコーナーを見学していたら、あっという間に2時間が経っていました。
途中、私たちが色々質問したりしていたこともあるのでしょうが、普通はこのコース、1時間くらいで終わるのが一般的なんだとか。
「個人ツアーですから、好きなように時間を使っていただいていいのです」
と陳さんは言ってくださいましたが、あっという間の2時間、終わってみれば足も疲れ、それ以上に頭が沸騰して終わった2時間でした。
こういう、知的な刺激を受けるともっと勉強したくなります。
専門じゃないし、青銅器ってよくわからなかったから、今まで「青銅器…ふーん…」で終わっていた過去の自分に「ばかばかばかばか!」っていってやりたい!(笑)

皆様。
故宮博物院にいらっしゃるときは、個人ガイドをあらかじめ手配しておくことをお勧めします。
漫然と見るより、ずっとずっと充実感があります。
間違いないです。

その後、1時間くらいのフリータイムをいただき(とはいっても、最初の30分はあまりにつかれたのでカフェでお茶していたのですが(笑))、書画のコーナーを一通り見て、ミュージアムショップを眺めて、約3時間半に及ぶ故宮博物院見学は終わったのでした。
疲れた。でも面白かった!

ちなみに、私たちが行ったときは、運悪く翡翠の白菜と角煮は貸し出されていて、両方ともありませんでした。
どっちかでも残ってたらよかったのにねぇ…

お昼時になりましたので、この日のお昼は小籠包を食べに行くことにしました。
この日は「點水樓」(てんすいろう)。

20160827 點水樓1.JPG
まずはビールで一息。

20160827 點水樓2.JPG
點水樓の小籠包!!! おいしい!!

20160827 點水樓3.JPG
大根餅は大きかった!

このあと、私たちは小籠包を何軒か食べ歩いたのですが、今回の旅ではこの點水樓の小籠包が一番おいしかったです。お店の内装も雰囲気があるし、ここはお勧め。

故宮博物院と點水樓の小籠包で頭と心とおなかが満たされ、大満足の一日…と言いたいところですが(笑)実はこの後、私たちは九份ツアーに行くのです!

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2016年10月14日

台湾旅行記その6〜2日目 猫空に行く、の巻

またまたご無沙汰しました。
ここからはサクサクいけるといいな!

長い長い半日観光が終わり…そしてこれだけの半日観光&夜市ツアーに行ったら倒れてるだろう、と思われる方もいらっしゃるかと思います。
はい、ご想像通りその日はもう爆睡状態で、翌日1日フリーデイは、スタートも遅めでできるだけ「無理しない」ことを旨として移動しました。
といっても、結局は無理してしまうのですが。
…おかしい。今回の台湾旅行は、「ゆっくりする」ということが目的だったはずなのに。

さて二日目に行こうと決めていたところは「猫空」でした。
「ねこそら」じゃないです。現地の発音だと「まおこん」が近いのでしょうか。
友人に一人、北京語ペラペラの中国(及び中国語圏)通の方がいて、その方から事前に「台湾のおすすめ場所」として聞いていたところでした。
曰く、「お茶の産地」だそうで。
とすると…(頭の中は静岡あたりの、海に向かう段々畑が展開されています)…ちょっと鄙びたのんびりした高地、かな?
おお、これぞまさに求めていた「のんびり旅行」!

猫空に行くには、黄土色の地下鉄・文湖線の終点・動物園駅でおり、300メートルくらい歩くと見えてくるロープウェイを利用します。
ロープウェイのゴンドラには2種類あって、ひとつは普通のゴンドラ、もう一つは「水晶(Christal)」と呼ばれる床も透明の強化プラスチックになっているゴンドラになります。
クリスタルは4台に1台くらいしか回っていないし、大人気なので長蛇の列。一方の普通のゴンドラはらくらく回れるので、急いでいる人は普通のゴンドラ(あと、値段もやっぱり水晶ゴンドラの方が追加料金が必要です)を選ぶといいかも。
私たちは急ぐ旅でもなし、せっかくだから、ということで水晶ゴンドラを選びました。

20160826猫空1.JPG
水晶ゴンドラは足音がこんな風に見えます。

ちなみに、ゴンドラにはクーラーはついてません! 暑いです! 逃げ場がないです!
このままの状態で20〜30分くらい乗ります! 終点の「猫空」まで3つくらい駅があります。が。
途中で…飽きます(笑)

20160826猫空2.JPG
猫空到着!
ロープウェイの駅はこんな感じ。

さて。
ここからなんですが…私たちは本当にノープランで来たので、地図もなーんにもなく、目的もなく。
とりあえずプラプラ歩くことにしました。
確かにここ、地上よりちょっと涼しい。
人も少ない。
客引きのタクシーや、立ち飲みの屋台もあるけれど、ちょっと先まで歩くとかなり閑散として…観光地としてはあんまりやる気がない感じ?(笑)
でも、そのやる気のなさとそっけなさがいい感じ。

20160826猫空7.JPG
未だ手垢が付いていない郊外地、って感じかしら。

お昼をちょっと過ぎたころ。お散歩にも飽きたし、この先歩き続ける元気はないし、むしろ帰ってくる方が疲れそう。
そんな見当をつけて、適度なところで適当な茶芸館に入ることにしました。
私たちが入ったのは、ちょっと高台にあって、眺めがよさそうなところ。
…ですが、この店、門から入り口までが遠い!

20160826猫空3.JPG
げ。この暑い中、ここを歩くの? しかもこの先、結構足元危うい感じの木の階段じゃない…?

20160826猫空4.JPG
「がんばれ、がんばれ!」ってたぶん励まされてるんだと思う。ひーっ!

「まだ続くの? まだ登るの?」
なんてぶつくさ言っていたら、
「がんばってくださぁい!!」
というおねーさんの声が降ってきました。そう、このお店は監視カメラが通路に仕掛けてあって、お客さんが上がってくるのが判るとお店のおねーさんが応援してくれるのです(笑)

おねーさんの応援を受けて、ようやく到着!
到着したお店では…

20160826猫空5.JPG
こんな風景が待っていました!
これは、風景もごちそうだね〜

20160826猫空6.JPG
出てきたご飯は極めて素朴。
でもものっすごくおいしい!
私の一番のお気に入りは、茶葉入りチャーハンと、茶葉を絡めた揚げ出し豆腐でした。
茶葉入りチャーハン最高! これだけ食べに、もう一度行きたい!!

歩いて疲れた体に、いれたてのお茶は優しく沁みとおり、ご飯は食べたはしから血肉に変わるようで、血の一滴から生まれ変わったような気持になりました。
台北の中心地からたった20分くらいで、こんな気持ちになれる場所があるなんて、台湾は面白いなぁ。

あまりにつかれていたので、帰りは水晶ゴンドラを待たずに普通のゴンドラで。
暑さと疲れにぼうっとしつつ、眼下に広がる緑色を焦点も合わせずただ目に入れるだけでこんなにも癒されるものなんだなぁ、と。
ようやく「バケーション」という言葉の意味を嚙みしめていたのでした。

そう、我々はバケーションに来たのです、忘れがちだけどっ(笑)

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posted by Lilalicht_8 at 13:50 | Comment(0) | 旅行記

2016年10月03日

台湾旅行記その5〜士林夜市&お返事集、の巻

■半日観光終了、そしてチェックイン
中正紀念堂観光などもろもろの観光をすべて終え、ホテルにチェックインしたのは午後4時を回っていました。
今回のホテルは…

20160829圓山大飯店1.JPG
圓山大飯店(The Grand Hotel)です!
前回もこちらに宿泊したのですが、いささか地の利の点では劣るとはいえ(この多少の交通の不便さは、神戸のホテルオークラにとても似ています。車乗りつけるのが前提になっている作りも含めて)、建物自体のゴージャスさ、街を睥睨する夜景のすばらしさ、そしてホテルそのもののホスピタリティがすっかり気に入って、また泊まりたい!と熱望したホテルでした。

20160825台北101圓山大飯店.JPG
ちなみに、台北101からもホテルの姿を眺めることができます。
こうやって見ると、本当に大きいなぁ…

20160825圓山大飯店2.JPG
前回泊まった時はもっとお部屋も広くて、何よりバスルームが湯冷めするんじゃないかってくらい広かったのですが、リノベーションされて部屋がちょっとずつ狭くなったようです。
それでも充分なんですけどね。

20160825圓山大飯店1.JPG
ロビーも広くて天井高くてゴージャス!
ちなみにこのホテルの土地は、日本統治時代は「台湾神宮」があった場所です。
パワースポットですね。
…台湾神宮が閉鎖されるとき、魂抜きはきちんとしたのかなぁ…?とちょっと疑問を覚えたり。

20160829圓山大飯店2.JPG
部屋の鍵は今ではすべてカード式になっていますが、昔はこういう鍵を使っていたそうです。趣がありますよね。

圓山大飯店のホスピタリティは相変わらず素晴らしいものでした!
物腰が大変穏やかであること。対応も臨機応変。
以前に比べ、英語はもちろん日本語対応もスムーズになったような気がします。
ホテルから一番近い地下鉄の駅・圓山站には、ホテルから無料のバスが20分に一本の割合であります。結構遅くまで循環バスが出ているので、さほど不便は感じないかも。

■そして夜は士林夜市へ!
圓山大飯店に宿をとったもう一つの理由は、「確か士林夜市に近かったよな〜」というあいまいな記憶でした(笑)
記憶、正しかったです。
で、もうひとつ記憶の中にあったのは…やっぱり夜市って一見さんには行きにくいよね、という印象でした。
どこを回っていいのかわからないし、どういう「暗黙の了解」があるのかわからない!
というわけで。
この夜市見学にも、陳さんのガイドをお願いしました。
これも正解!
どういう風に回ればいいのかとか、おいしいものとかを教えてもらって、安心して(でもここはスリが多いと再三注意を受けましたので、あくまで外国であることを忘れずに、用心しつつ)夜市の雰囲気を楽しむことができました。

で、ひとつ…前回の記憶と大きく違ってることがあったのです。
確か前回は、食べ物関係の屋台と雑貨の屋台が、それこそ雑多に並んだカオスな状態だった記憶があったのですが…
主な食べ物屋台が、地下にできたフードコートに集約されていたのです!
台湾、というとなんだかいろいろな匂いがしていて、暑い時期に行くのは気温の問題はもちろん、匂いにやられそうだなぁ…という躊躇が若干あったのですが、この夜市がその一例で、台湾における匂い問題は全く気にならないレベルになっていたのが、本当に驚きでした。
臭豆腐の匂いがしたりするのは仕方がない、というより当たり前なので別として(それまでなくなったら、雰囲気を楽しめなくなっちゃうし)、ちょっと息を止めてしまうような「匂い」の記憶が、今回の旅行で上書きされました。

20160825士林夜市3.JPG
やっぱり台湾ビール飲まないとね!

フードコートはその辺の街の食堂やラーメン屋、という程度には清潔感を保っていたと思います。
汚くて躊躇してしまうということはなかったです。
高知の屋台村「ひろめ市場」が、もうちょっと狭くて人がぎゅうぎゅう詰めになったら似ているかな。

20160825士林夜市2.JPG
牡蠣のお好み焼き!
茶色いソースは、なんとピーナツ風味の甘いソースでした。しょっぱくないのか! 日本人にとっては意外な味付けですが、台湾は全体的に甘い味付けが好まれるようですね。

他にも、胡椒がふんだんに入ったソーセージや、炒めたイカがたくさん入ったとろみスープ、お約束のタピオカミルクティ…ああ、何を食べてもおいしかったよ、士林夜市!

…このようにして。
台湾旅行1日目は、ものすごい密度で終わったのでした。
一日でもうおなか一杯!な感じですが、まだあと…4日もあるのです(笑)

■お返事集
>ゆばーばさん
マンゴーかき氷、おいしいですねぇ。
かき氷のマンゴーもしっかり味がして濃厚! 台湾のマンゴーは美味しいです。

>ジャムのおかんさん
大変ご無沙汰しております!
また徒然なるままに書き進めてまいりたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
宜しくお願いいたします。
故宮博物院も3日目に行ってきました!
蒋介石率いる中華民国の国民党が、共産党に追われて敗走する際、一級品とされるものを根こそぎ北京の故宮(=紫禁城)から持ち出したそうで、おっしゃる通り、北京には「建物しか残っていない」状態だとガイドの陳さんが言っていました。
その後に中国共産党が行った文化大革命のことを考えると…多くの至宝が台湾で難を逃れたのは幸いであったのではないかと思います。

>みこさん
いつもコメントありがとうございます!
台湾旅行記、まだまだ続きます(笑)お楽しみいただければ幸いです。
ところで、10月1日のサントリーホール30周年記念ガラコンサートは、本当に素晴らしかったです。
マエストロ小澤、渾身の演奏を目撃し、感激しました。
未完成の第一音を出す瞬間、オケに向かう顔はまさに般若の形相…その鬼気迫る表情に、ウィーンフィルの空気がピリッと一本に引き締められたようでした。
マエストロ・メータの指揮は艶やかでハリがあり、キラキラ光る音符で構成されていました。特に第三部のウィーンワルツとポルカはウィーンフィル恒例のニューイヤーコンサートのような華やぎもあり…
本当に素晴らしい演奏を聴くことができました。ラッキーでした。

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posted by Lilalicht_8 at 18:45 | Comment(0) | 旅行記

2016年10月01日

台湾旅行記その4〜中正紀念堂と台湾は台湾!、の巻

今日は中国…ここでいう中国は「中華人民共和国」です…の「国慶節」。すなわち中国の建国記念日ですね。
ニュースでそんなことを言っていて、あーそうだ、台湾旅行記の続きを書こう、と思った次第です。

■あとちょっと、半日観光!〜中正紀念堂
さて、空港についてからチェックインするまでの約5時間、最も時間をかけて見学したのが「中正紀念堂」でした。

20160825中正紀念堂3.JPG
本当にいいお天気!
「中正紀念堂」は中華民国初代総統・蒋介石の偉業をたたえるために建てられた、いうなればメモリアルホールです。
なので、この建物の階段は、蒋介石の没年齢に合わせ、89段あるんだとか。数えてみたら、本当に89段だったので、ちょっと…「え〜?」という複雑な気持ちになりました。なんだろう、独裁政権の足跡を身近に感じて、ちょっと引いちゃう感じ。

20160825中正紀念堂1.JPG
メインホールには、蒋介石の大きな銅像があります。これにもちょっと引きますよね…もし今後ロシアに行くことがあって、レーニンの遺体とか見る機会があったら、やっぱりひいちゃうんだろうな、私…

さて、台湾人の知り合いはいても、あまり直接聞けなかったことが私にはありました。

蒋介石のことをどう思っているの?

かつて香港映画や台湾の映画が流行った時期が1990年代から2000年代にかけてありまして。
私は香港映画のスター・トニー・レオンが結構好きでした。
彼が出演した映画のひとつに、台湾の二二八事件を題材にした「非情城市」という映画がありました。
あれは、台湾にもともと住んでいた台湾人が、外省人(=ここでは主に国民党政権を指します)からの弾圧に抵抗して発生した事件だったはず。
その、台湾人を弾圧した国民党の総統こそが蒋介石だったわけで、その人物に対して台湾の人はどのような思いを抱いているのだろう?

そんなもやもやを抱えていたのですが、割合親しかった台湾人はそんなに台湾の歴史に興味がなさそうだったし(笑)、そもそもそんなことを聞けるような雰囲気もきっかけもなかったので、本を読んだりするたびに積もっていく疑問は、漬物石のように重く、確実にうまみ成分的な何かを私の心にとろりと落とすものになっていました。

ここまでの短時間で、ガイドの陳さんがかなりのインテリだということは判ったのですが、彼の政治的な立ち位置とか、思想について深く触れるのはためらわれたし、そもそもそういう突っ込んだ話をするほどの時間を過ごしたわけではない。
「中正紀念堂」が半日ツアーのメインになっていることを知った時、私は正直、「行かなくてもいいんだけどなぁ…」と思っていて、そのめんどくささのひとつは間違いなく「蒋介石への評価」に触れざるを得ないのだろう、という予感にありました。

ところが、ここに至るまでの間に案外私たちが台湾の現状…つい最近、国民党から民進党に政権が変わったことや、民進党の総統が蔡女史であること、台湾統治時代の話もある程度知識があるらしいことなどが伝わったようで、陳さんはあっさりと、
「蒋介石は評価の難しい人です」
と自ら話してくれました。

1945年以前から台湾にいる人たちからしてみれば、二二八事件に代表されるように国民党の圧政を受けていた意識はあって、その代表者が蒋介石なのだから、あまりいい気持ちはしないのが正直なところ。

「国民党がやってくる前は日本が統治していたのですが、日本の統治にももちろん問題点はあったけれど、比較的ましだったんです」

それに比べると国民党の支配はむにゃむにゃむにゃ…
何より国民党は「中華民国」を代表していて、「中国共産党に今は支配されているけれど、いつか大陸の中国とひとつになって、『ひとつの中国』を目指そう」という意志がある政党であるところが、今でも台湾国内ではネックになっているのだとか。
ちなみに、蒋介石没後に彼の息子が国民党の総統になっているので…やっぱり独裁者の傾向はあったのでしょう。
その「一つの中国」へのこだわりがかなり薄れて台湾が民主化され、また「台湾は台湾である」という認識に至るには、李登輝さんの登場を待たなければなりません。1980年代のことです。つい最近だよね…

20160825中正紀念堂2.JPG
蒋介石像の前で正時ごとに行われる、儀仗兵の交代式。
儀仗兵は、
「顔とスタイルのエリート」(陳さん談(笑))
が軍隊の中から選ばれるそうです。確かにみんな腰が細い!! ジャニーズの子たちかと思うような細さとスタイルの良さ…

さて、今年5月に台湾で総統選挙があり、国民党が負け、民進党の蔡総統が誕生したことは記憶に新しいところです。
国民党はその成り立ちから、大陸の中国を向いている政党であることは間違いなく、その傾向が馬前総統の時には殊更顕著になり、危機感を抱いた人々が「台湾は台湾」であることを表明している民進党に票を投じた結果だったようです。
政権が変わったことによって、この中正紀念堂の展示も大きく様変わりしたそうです。
まず、中正紀念堂1階の歴史コーナーの入り口から、「日中戦争」の表示が消えました。以前のその表示は、大陸の中国を讃える内容だったそうなのですが、それが一掃され、中立的な表示に変わったのだそうです。
他にも、親中的な展示内容が一掃され、国民党・蒋介石の偉業を極端に称えるような内容も削られたのだとか。
政権が変わるだけでこんなに変わっちゃうものなのねぇ…

その展示の中の一つに年表があり、その中では「いかに台湾が独立性を保持したか」が強調されていました。
「台湾の独立性の維持」の立役者としての蒋介石、と評価が変わっているようです。
たまたま私は色々なめぐりあわせから「二二八事件」や「金門島」に関わる攻防戦に関する本を読んでいたので(金門島に関わる攻防戦は、古寧頭戦役と八二三砲戦の二つが比較的有名です。特に古寧頭戦役には日本人が関わっているので、調べてみると面白いかも)、その年表の中にこれらの名前を見つけて、「ああ、金門島事件か…」などとひとりごちていたところ、その呟きを聞き逃さなかったのが陳さんでした。
「歴史を勉強しているんですか?」
と言われたので、「そうですね、大学では歴史を勉強しましたが、台湾の歴史に関しては興味があったので本を読んでいます」と答えたところ、色々と深いお話をしてくださいました。

民進党に政権がかわり、「1992年コンセンサス」(九二共識、というそうです)に基づく「ひとつの中国」という認識を見直すという声明が出た途端、中国が台湾への観光ツアーを制限し、現在台湾の観光業は大打撃を受けているとのこと(「台湾旅行記その1」で見かけたデモは、どうやらその一環だったようでした)。

「オリンピックがありましたが、台湾はオリンピックでは『Chinese Taipei』という名前で呼ばれています。これを『台湾』にしたいという気持ちが、とても強いです」

そうか、国際的にはまだ台湾は「中華民国=中国の一部」という認識なんですよね。
中国共産党の「中華人民共和国」も「中国」。
台湾の正式名称「中華民国 台湾」も「中国」。
略称が両方とも「中国」であるがゆえに、色々な混乱が起こり、また隙あらば台湾の独立性が脅かされることになっている。

「今、『ひとつの中国』を支持している人は、台湾の10%未満です。あとは『台湾の独立』を支持する人が25%くらい。残り…つまり6割くらいの人たちは『現状維持』を望んでいます」

これもまた複雑。独立国家としての台湾を主張する人は「独立派」の中でも急進派、ということなのでしょう。おそらく国連にも認められ、中華人民共和国と国交のある国とも正式な国交を結ぶことまで求める、強硬派(台湾と正式な国交を結んでいる国は、国連加盟国の中では南米に極端に偏っています。日本とも、正式な国交はありません。ヨーロッパの中では、ヴァチカン市国だけが正式な国交を結んでいるそうで…さすがヴァチカン。ヴァチカンは大陸の中国への対抗勢力として台湾に肩入れしているのでしょう)。
おそらくそれは現実的ではないから、李登輝元総統が布石を作った現状の「民主化」路線の継承と、中華人民共和国と一定の距離を置いた独立性の維持、というあいまいだけれど現実的な状態を望んでいる、ということなのか。
ただ、国名は「台湾」として認められたい。
中華人民共和国には飲み込まれたくない。
香港にもみられた「目の前にある危機感」がひしひしと伝わる話でした。

余談ですが。
つい最近、日本の民進党の代表選で、蓮舫さんの国籍問題が取りざたされました。
それに関して、私は「日本の法律をちゃんと守ってよ」くらいの気持ちしかなかったのですが、蓮舫さんが「ひとつの中国」論を口にしたことにむしろあっけにとられておりました。
曰く「日本と中華民国が断交した1972年以降、自分の国籍は『中国』であり、中国=中華人民共和国の方によれば、外国籍を取得すると自動的に中国籍は消滅する」とのことで…
これだけ台湾の人たちが「台湾は台湾」と主張し、観光業に打撃があろうと「ひとつの中国」を拒否している現在、こういうことを不用意に口にしてしまう人の外交センスはいかがなものでしょう…
うかつ過ぎない?

「台湾には選挙がある!」と堂々と誇りをもって、中国人の知人対して選挙の話をしていた台湾人の知人のことを思い出すと、大変微妙な気持ちになってしまうのです(そして、そんな台湾人と中国人の間でおろおろしているだけの、日本人の私…ほんと微妙…)
ただ、そんな台湾人の演説(笑)を聞かされた中国人がこっそりと「選挙が必ずしも完全な制度とは言えないでしょう」とぼそぼそ言っていたので、さすがだな、と思ったのですが(笑)Brexit等、今世界中に表れている極端なポピュリズムの一端に触れると、中国人の知人の言葉も否定しきれない…

とはいえ、どんなに間違っても、またそれを糺せる可能性が残る民主主義を、私は信じたいと思っています。

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2016年09月24日

台湾旅行記その3〜台風と台北101とダンパー、の巻

ここの所、太陽を見ることがありませんね、こちら東京です。
今朝見た情報番組によると、この一週間、日照時間はわずか3時間だったそうです。
こんなお天気が続くと、頭がぼんやりしてしまいます。低気圧つらい!

で、日本は秋雨前線が刺激されて雨が降り続けている、くらいで済んでいますが(くらい、と言い切ってしまうとそれぞれに問題を抱えた方たちもいらっしゃると思うのでためらわれますが、以下話題にすることとの「比較」と考えていただければ幸いです)、台湾は「スーパー台風」なるものに襲われ、大きな被害が出たと聞いています。
そして今月二つ目の「スーパー台風」が向かいつつあると。

スーパー台風の話を聞いて、これを書いておかなくちゃ!となんだか使命感に駆られましたので、まだまだ続く台湾旅行記にまたまたお付き合いください。

*     *     *

■まだまだ続く半日観光
都合上、スケジュール通りに旅行記を再現することをあきらめました(笑)
最初に龍山寺にいって、近くの胡椒餅のお店にいったのは間違いないのですが、そのあとはホテルのチェックインまでに時間があるから、ということで思いついたままにあちこちに行っていただいたからです。
例えば…

20160825マンゴーかき氷.JPG
マンゴーかき氷食べに行きました! 鼎泰豊本店のそばのお店です。
お店の外には長い行列ができていましたが、ガイドの陳さんがあらかじめ中の席を予約しておいてくれたので、私たちは並ぶことなく着席。
こういうところでも、ガイド付きだと予約できるんですね。
やっぱり台湾旅行はガイドさんについてもらった方が色々特典がありそうです。
マンゴーかき氷は、かき氷もマンゴーなんですねー。このお店は確か日本にも出店していたと記憶していますが、特別に食べに行きたいと思っていなかったので、こういう風になっているとは思いもよりませんでした。

占いの街で有名な行天宮にいって、占いもしてもらいました。
予約もせず、飛込でいったのですが、直感で一番顔つきの穏やかな男性の先生のところへ。日本語通訳してくれるおばちゃんが、先生がぼそぼそいっていることを「不思議な日本語」で翻訳しながら、紙にがしがし書いてくれました。
人相、手相、四柱推命の三つを駆使し鑑定してくれましたが…
いやあ、手相がすごく当たってましたよ! 
で、先に書いた「不思議な日本語」がここで炸裂しました。
おばちゃんの通訳に曰く、私は、
「正直で口下手」
なんだそうです。
え、そうかな。正直、は、まぁそうなんだろう。嘘をつくのがとても苦手(嘘を維持するのが苦手、というか)だし。でも「口下手」かなぁ。比較的人見知りしないし、誰とでも話せることって私の長所だと思ってたんだけど。
私が不思議そうな顔をしたのを見たのか、するとおばちゃん、

「口下手というのは、正直すぎるということ。口が下手。もうちょっと嘘をつくことを勉強しましょう、ということです」

うわああああああ! なるほど、日本語で「口下手」というと、無口のイメージだけれど、このおばちゃんの「口下手」は字義の通りに「口が下手」なのか!
あたってる…かもしれない。うん。正直すぎるのはよくないってことだな…もっと口をうまく使えと、そういうことか…

他にもいろいろ言われましたが、四柱推命部分は大体予想がついていたことだったので、私個人としては人相・手相パートでいわれたことが大変興味深かったです。
口下手はいけませんね、はい。

さてそのあと向かったのが、台北のランドマークタワー・台北101です。

20160825台北101.JPG
私が最初に台北にきたときにはなかった…
地上101階あるということから「101」と名付けられたこのビル、今は台北のおしゃれスポットとして若者に人気があるんだそうです。
確かに、中にはきらびやかなブランドショップがあったり、ビルの周りもシュッとした感じで、トレンディドラマ(もはや死語か(笑))のロケ等に使われるというのも納得です。

20160825台北101如意.JPG
展望台から見える風景。
まるっとした意匠は孫悟空が持っていることで有名な「如意棒」の「如意」を表しているそうです。
「如意」とはもともと「意のまま」を意味していますが、仏具にも「如意」というものがあるそうです。

20160825台北101模型.JPG
展望台にあった101の模型。
節くれだったデザインは、「竹」をイメージしているんだそうです。
なるほど、竹か。竹はしなやかで柔軟なうえ、天にどんどん伸びていくし、おめでたいイメージだもんね。

とそこで、ふと思ったわけですよ。
台湾て、台風も多いし、何より地震が多い。
ビルを竹に模してしなやかさや柔軟さを表現しているのはとてもいいけれど…いや、それにしても101階だよ、免震構造とかどうなってるの? 大丈夫なの?

そんな私の疑問に答えてくれたのが、「ダンパー」でした!
ダンパーとは…

20160825台北101ダンパー2.JPG
えーっとこの説明書きにもあるとおり、外からの揺れを逃がすために、ビルの中に設置された「振り子」ですね。
日本の高層ビルは地下に大きな振り子があって、それで免震構造にしていたはずです。
なのですが、この台北101では…

20160825台北101ダンパー.JPG
公開されているのです!!
びっくり!
この球体、直径5メートルくらいあるらしいのですが、なんと重さは飛行機3機分もあるそうで…
その重さでビル全体の揺れを逃すのか。
ちなみにこの球体=ダンパー、周囲の壁とは1.5メートルくらい空間があるそうなのですが、おととし?くらいの「スーパー台風」の際、最大1メートル振れたんだそうです。
…残り50センチ…
いやそれ以前に、飛行機3機分の重量を有する球体が1メートル揺れるほどの風圧って何!?
スーパー台風、恐ろしい…

私たちうっかり、ダンパーにえらく感動してしまいまして。
だって、この大きさで飛行機3機分もあって、しかも揺れるんだ!って、圧倒されませんか?
しかもこういう風に公開されている「ダンパー」は、世界でも大変珍しいそうで、なかなか見ることができない。
うわぁ…なんかすごいもの目にしてない? 先人からの智慧を受け継ぎ、それを最先端の形で表現したもの。それが今、目の前にある。

…とそんなわけで。
ガイドの陳さんに、「101どうでしたか?」と聞かれ、
「ダンパーが楽しかったです!」
と答えた私たち。勿論、不思議そうな顔をされたので、
「構造物が好きなもので…」
という謎な理由を伝えたら、益々微妙な顔をされたのでした。
うーん、この感動、なかなか伝わりにくいか(笑)

先日のスーパー台風来襲の折にも、きっとこのダンパーが大活躍しただろうことは想像に難くありません。
次のスーパー台風の時にも活躍するでしょう。
先人の知恵に感謝です。

さて次は、旅行記を書きあぐねていた大きな理由・中正紀念堂を書く予定です。

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posted by Lilalicht_8 at 17:23 | Comment(0) | 旅行記

2016年09月14日

台湾旅行記その2〜龍山寺徹底攻略、の巻

■半日観光〜続き
龍山寺は道教と仏教の…これも「神仏習合」のお寺です。
そしてここでも「陰陽五行」の理論が生活の一部となって垣間見え、大変興味深かったです。

まず、龍山寺は大通りに南面して立っています。
つまり、人の出入りする門は南側にある、ということ。
ご本尊である媽祖様は、五行の中で神・先祖に縁のある北に座しています。

南側にある門は左右2か所にあります。東に一つと西に一つです。(真ん中に真南に位置する大門がありますが、正式なお参りの時にはここからは入りません。特に説明はありませんでしたが、たぶん神様の通る門なのでしょう)
とすると、入り口はどちらになるでしょう?
…そう、太陽が昇る方位である東(五行説だと季節は春、朋輩、守備本能などに関連)にある「龍門」です。
これは揺るがないそうで、確かに観察していると現地の人々、もしくはガイドさんに連れられた観光客は、みんなこの東門「龍門」から入っていました。
しかも必ず「左足」から入らなければなりません。敷居を踏んではいけないのは、日本と同じ。

ということは、参拝が終わって帰るときは…この逆を行えばいいわけです。
太陽が沈む方位である西(五行説だと季節は秋、配偶者、攻撃本能などに関連)にある「虎門」を、敷居を踏まず、またいで左足から出る。

台湾のお寺は、なかなかに儀礼に厳しく格式と威厳を誇っております。

なので、お参りにも当然作法があります。
まずは媽祖様から。
お線香をささげたら、三礼して、心の中で自分の名前・生年月日・住所を唱える。この時はご挨拶だけなので、お願い事はしない。←ここ重要。
そして、左右の神様にもごあいさつ。お願い事はしない。←ここ重要。

で、「お願い事はしない」がどうやら基本姿勢のようなのですが、「質問はしてもいい」ようなのです。

といいますのも。
龍山寺の中心の神様は、海の女神・媽祖様ですが、日本の寺社仏閣のように、媽祖様を守ったり、もしくは一緒にお祭りされている神様がたくさんあります。
そのうちの一つ、媽祖様に向かって左手にある祠にお祭りされているのが、「月老神君」。恋愛を司るといわれる神様です。
この神様の祠の前に、紅に塗られた半月型の積み木のようなものが山盛りになっていました。
積み木には平らな面(凹面)と、山なりになった面(凸面)があり、それぞれが陰陽の陰(平らな面=凹面)、陽(山なり面=凸面)を表しています。
この紅色積み木は陰陽二つで使うんですね。
何に使うかというと、月老神君の祠に「縁結びの赤い糸」があるので、「それをもらえるかどうか」を尋ねるツールなのです。
ちなみに、縁結びの糸はこれ。

20160825縁結びの糸.JPG

あるって聞いたらほしくなりますよね。
というわけで、私たちもトライ。
まず、三礼。続いて自分の氏名・生年月日・住所を心の中で唱え、「赤い糸をいただいてもいいですか?」と「質問」する。
それから二つの紅色積み木を手に取り、えいっとばかりに地に投げます。
投げた瞬間、一方が凹面、もう一方が凸面をだせば、「陰陽そろった」=月老神君からOKでました!ということで無事縁結びの糸GET!
両方が凹面(=両方陰)もしくは、両方凸面(=両方陽)だった場合は、月老神君がダメと言っているので、赤い糸はもらえないことになります。
ちなみに、トライは3回まで。

で、このやり方は龍山寺のおみくじを引く際も同じでした。
紅積み木二つを手に取る。
媽祖様に向かって三礼し、氏名・生年月日・住所と、「何について質問するか」を心の中で唱え、えいっと積み木を地面に放り投げる。陰陽そろえばその質問はOK。そろわなければ「質問が明確でない」とか、「質問に答えるつもりはない」ということなので、質問を変えなければなりません。こちらも、3回までトライ可能。
それから、傘立てのようなツボに雑に(笑)ささっている卒塔婆のような棒を選んで引き抜き、それにかかれている番号を記憶。
再び、媽祖様に「この番号が出ましたが、この番号でいいですか?」と質問して、紅積み木を地面にえいっ。
ここで紅積み木が陰陽そろったら、そのおみくじで確定。近くにあるおみくじ箱に行って、その番号のくじをいただきます。ふぅ、長い!(笑)

ちなみに、私は全て一発OKでしたが、同行した友人は、おみくじでやり直しを食らっておりました。
「この番号でいいですか?」の質問に対して、NOが出てしまったのです。
なので、質問内容をもう少し具体的にした(らしい。本人談)上で、もう一度棒を引きなおし、「この番号でいいですか?」と尋ねたら無事にOKが出ました。

20160825龍山寺おみくじ.JPG
私のおみくじはこれ。
一番左の行に「上上」とあるので、結構いいおみくじのようです。
おみくじの内容を読み解いて教えてくれる窓口(日本語対応あり。無料です)があるので、詳しい内容を知ることができます。

ふぅ…龍山寺だけでこんなに長くなっちゃった。
この後、地元ガイドさんならではの、龍山寺近くの胡椒餅屋さんにつれていってもらい、お昼代わりに胡椒餅を食べました。
胡椒餅、絶品。
ひとつで結構おなか一杯になります。
でも、あのお店にもう一回行けるかといえば…行く自信がないです(笑)

台湾旅行はまだまだ続きます。
だってまだ、半日観光終わってないもん!(笑)

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posted by Lilalicht_8 at 13:00 | Comment(0) | 旅行記

2016年09月08日

久々の投稿〜台湾旅行記 その1、の巻

大変長らくご無沙汰しております。
えーっと、最後が…2015年2月? しかもTwitterとの連携で!
なんと1年半ぶりです。自分でもびっくりです。

ようやく、気持ちと体に余裕ができましたので、ポチポチと再開していこうかと思いました。
ここ2年程、本当に余裕がなくていろいろなものと取りこぼしてきてしまったことに後悔の念を覚えまして。
それが一番のきっかけです。
まとまった文章を書くこと自体久しぶりなので、今はまだリハビリ中という心持で綴っております。かなり文章が拙く、荒れているかと思いますが、よろしければまたお付き合いくださいませ。
とりあえず、つい先日の台湾旅行から。

*     *     *


台湾に初めて行ったのはたぶん2000年代のことです。
今からもう…15年くらい前になってしまうのですね。はやっ!

ここのところ海外旅行するときにはいつも、とある旅行会社にお願いして、個人旅行で日程を組んでいただいています。
先に個人旅行のデメリットを言ってしまえば、まず間違いなく「高くなる」ことが上げられます。
ただ、私たちはもう大人なので(笑)「高くなる=お金がかかる」ことで買える(もしくは手に入れられる)メリットを優先できるだけの財力と心の余裕があります。
そう、心の余裕!
「高くても、その分のメリットを引き換えにできる」という余裕ができたことが、この15年間の一番の変化かもしれません。
そういう心の余裕がないと、どこに行っても、何をやっても、身の丈に合わないような居心地の悪さを感じるもので、特に学生だったり、就職したてで蓄財もなかった頃の旅行は、贅沢はせず、できるだけつましい旅行を心がけていたものです。
ただ、その「つましい旅行」を繰り返していたころに、今から考えれば圧倒的に欠けていたものがあります。

それは「情報」。

時間はありました。
多分、情報もあったんだと思う…しかしながらその情報には「自分フィルター」があらかじめかかっていて、そのフィルターを通過してくる情報しか、私は得ようとしていなかった。

個人旅行をお願いするようになって一番のメリットは、実はこの「情報を買う」ことにあるのではないかと、ここ数年の旅行を経て思い至りました。
直接のきっかけは、2012年のドバイ・イスタンブール旅行
この時、ドバイ、イスタンブール両都市でお世話になったそれぞれのガイドさんたちがとても知識が豊富で大変素晴らしく、彼らを通じて得た「情報」が旅の深みを増してくれたことに疑いの余地はありません。
彼らは押しなべて大変教養があり、知的で、かつ真面目な好人物でありました。
以来、個人旅行の時には必ずガイドさんをつけてもらい、一日観光をするようにしています。
多少…いや、だいぶ、かな、お金はかかりますので安易にお勧めはできませんが、私はこの「情報を買う」ことに躊躇はありません。

勿論、今回の台湾旅行でも私たちは迷いなく、個人のガイドさんをお願いしました。
ガイドさんにお願いしたポイントは、今回4つ。
■半日観光
■夜市案内
■故宮博物院案内
■九份観光
でした。

■半日観光
台湾の松山空港に到着したのは午前中。チェックインの15時まで、少なくとも4時間ほどある日程でしたので、その時間に観光を入れていただくことにしました。

15年ぶりの台湾でまず驚いたのが、空港がとてもきれいになっていたこと。
ん? 前回は桃園国際空港だったのかな。とすると、新しい空港だったのか。
私にとってのアジア旅行最初の地・台湾はとてもいい国だけれども、トイレの設備…というか、使用後のトイレットペーパーを流せない、ことに当時は大変ショックを受けたものでした。
そのせいなのか、なんとなくどこに行ってもトイレの匂いがほのかにして、本当に心許して過ごせたのは、ホテルの自分たちの部屋だけだった、という記憶が残っています。軽いトラウマ…まではいかないか、心の引っ掛かり。
トイレットペーパーを流せないのは相変わらずでしたが、懸念材料のひとつだった臭いの問題が、この旅を通じてさして大きな話題として挙がってこなかったのは、非常に大きな変化だったと思います。
空港、本当にきれいだったなぁ。

松山空港は台北市内からのアクセスがいいのも、ポイントが高いですよね。
ガイドさんに出迎えてもらって、移動のマイクロバスも私たち専用。極楽極楽。
真っ先に行ったのは、総統府でした。

20160825総統府.JPG
「この総統府の建物は、当時の台湾総督府長官であった後藤新平の提唱で、辰野金吾の弟子である長野宇平治の設計によって建設されました」
よどみなく、ガイドの陳さんが説明してくださいます。
私はそのたびに、おお!と心の中で歓声を上げていました。
後藤新平! 辰野金吾! おお〜ここ数年、学んできた人たちの名前が次々に出てくる!
そう、この15年間の私なりの成長(なのかしら?)は、建築関係や西欧とアジアを結ぶ歴史を勉強してきたことにありました(あくまで個人的に(笑))
関東大震災後の帝都再建計画を担った後藤新平! そうか、帝都再建の前に台湾総督府長官だったね、そういえば。
辰野金吾といえばジョサイア・コンドルの弟子! 東京駅だ、東京駅!
ジョサイア・コンドル…コンデール君は河鍋暁斎のお友達で…
あ、でも、コンドルの建築も純粋なヨーロッパスタイルじゃないんだよな、イスラム建築の影響を受けていて…おお、確かにこの総統府にも、尖塔(ミナレット)風だったり、ドーム風だったりするものがあって、コンドルや辰野金吾のスタイルの系譜を受け継いでいるんだなぁ…
などなど。
色々な情報が頭の中で慌ただしくひとつの線につながって行きます。

そんな風に脳内パズルがはまっていく一方、総統府に近づけないという事態にあたりました。
総統府前に、何台もの観光バスが横付け、ならぬ縦付けされていたからです。
ざっと見て10台はあったでしょうか。
色とりどりの観光バスが総統府前の道をふさいでおり、警察もそこには立ち入らないよう、交通規制をしていました。
単なる観光とは思えない、ちょっとした緊張感走る風景。
「あれはなんですか?」
…なぁんて気軽に聞けるのも、個人旅行で、専属のガイドさんについてもらえるメリットです。
すると陳さん、
「あれは政治的集会です。地方から観光バスでやってきて、そのまま政治関係の建物の前で集会するんですね」
なんと合理的な!!
そこから、話は政治の話題に展開していきます(私、ガイドさんとその国の政治の話をするの、結構好きなのです(笑))

台湾の政治、といえば、今年の5月、民主進歩党の蔡さんが選挙に勝ち、女性初の台湾総統に就任したことが記憶に新しいです。
それまでの国民党の馬総統がかなり親中的な政策をとり、台湾国内で批判されていた(というか、もっと感情的に「嫌われていた」)ので、中国とは距離を置く政策を掲げている蔡総統は歓迎されていた…はず。
なのに、

「今の政権は、前の政権の尻拭いをしなければいけないことがたくさんあります。政治的集会を熱心に行う人たちは…とても神経質な人たちでもありますから…」

なるほど。政治的な齟齬を埋めるためには時間がとてもかかるものだけれど(しかもまだ就任して3カ月くらい)、それを待てなかったり、不満に思う人もいるものなのか。もしくは、「期待していたほどではなかった」という失望感を早くも抱く人がいるのかもしれない。

そんなこんなを話していくうちに、向かったのが龍山寺。台北で一番のパワースポットです。
「まずは、旅の安全をお祈りしましょう」
という陳さんの計らい。ナイス。

20160825龍山寺.JPG
「屋根の真ん中の玉は何だと思いますか〜? ・・・はい、ドラゴンボールです!」
…陳さん、本気か冗談か、時々わからなくなる瞬間があるよ(笑)

こちらのお寺で一番大切にされているのは、アジアの海洋都市ならおなじみの「媽祖」でした。
長崎にもいた、沖縄にもいた、マカオにもいた、香港にも確かいた、海を守護する道教の女神・媽祖。
「ここの媽祖様が日本のある芸能人にとても似ている、と話題になって、それがきっかけになってその方が台湾にも来たんですよ。誰だと思いますか? …小林幸子さんです」
おおおお! 確かにこのきんきらきんな感じ、メガ幸子に似ている!!!!(笑)

ところがこの、小林幸子さん来台にはちょっとしたオチがあるそうで…
龍山寺の媽祖像と似ているから、と台湾を訪れたはずの小林さん。しかし、案内されたのは台湾でもうひとつパワースポットとして有名な「行天宮」の方だったのです。
「行天宮の一番の神様は、関羽様です。媽祖様じゃありません」
関羽様! いや、そもそも男だし! 媽祖様は、女性です!(笑) 
行天宮に連れていかれて関羽像と対面した小林さん、さぞ驚かれたことでしょう…っていうか、どうしてそんな手違いが起こった?(笑)

…というところで、少し長くなりましたので、本日はこの辺で。
まだまだ旅は続きます(笑・というか、まだ一日分終わってない!)


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posted by Lilalicht_8 at 17:22 | Comment(0) | 旅行記

2014年09月10日

アメリカ滞在5日目

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滞在初日の朝。日が昇るのが遅くなっています。

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そして、マジックアワー。
夕陽はゆっくりと牧場の向こうに沈んでいきます。

本当に、牧場以外なーんにもないところなのですが、普段日本で会えない方々に偶然お会いできたり、再会できたり。
東京でもなかなかあえないのに、こんなに広いアメリカの、しかもこんなド田舎であえるの?
世界は実に実に狭い!
なぁんてことを何度も言って再会を喜びました。

こういう偶然があるか、旅って楽しいです。

>みこさん
コメントありがとうございました!
みこさんとも何かご縁があるようで嬉しいです( ´ ▽ ` )ノ
錦織くん、残念でした!
でも準決勝は本当に会場が錦織選手の味方!って感じで、大衆を巻き込む力のあるプレイでした。
その試合を生中継でみられたのはとてもラッキーでした!一生の思い出です。

posted by Lilalicht_8 at 05:15 | Comment(0) | 旅行記

2014年01月22日

アメリカの備忘録、の巻

■このブログのタイトル通り、日々是決戦な毎日を送っておりますあせあせ(飛び散る汗)
みこさん、ごめんなさい! 帰国しております!あせあせ(飛び散る汗)
ただ、本当に家に寝に帰っているだけ、という状態が続いておりまして、ブログの更新もままならないままでございます…ご心配おかけしております。

■さて、今回は観光ではなく、本当にほぼお仕事だけの渡米でしたので、あまりご報告することもないのですが…個人的な備忘録として、おいしかったものをちらっと(笑)

20140122in-n-outハンバーガー.jpg
ほぼカリフォルニア州にしかない、というハンバーガーチェーンショップ「in-n-out」。
現地の方に、「ぜひ食べてほしい!」というお勧めをいただき、食べてきました。
ここのショップは知る人ぞ知る…なのだそうで、ハンバーガーにさほど興味のない私は、当然知りませんでした。でもきっと、一部の方たちにはとても有名なのでしょう。
で、うわさにたがわず、というか、おすすめ通り!とてもおいしかったです!
なんでもここのお店のこだわりは、パテに冷凍牛肉を使わないこと、なのだとか。
だから、「生パテ」を配送できるところにしか実質お店が出せないのですねぇ。
こだわるだけあって、本当においしかった!かわいい
パテはもちろん、バンズもおいしかった〜ぴかぴか(新しい)
さらに「生」にこだわるだけあって、フライドポテトも生のじゃがいもからあげるんだそうです。
こちらも文句なしにおいしい!!
日本にも出店したらいいのに…と思ったのですが、「生」のパテを配送できないから、不可能ですよねぇ・・・(一度だけ、イベントで日本に出店したこともあったそうですが、その時はどうしていたのでしょうか?)

そして・・・
20140122カリフォルニアワインコッポラ.jpg
フランシス・コッポラが持つシャトーで作られた赤ワインるんるん
「話のネタに」とさして期待しないで買ってきたのですが、値段の割においしかった!グッド(上向き矢印)
それにしても、男性有名人はなぜシャトーを持ちたがるのでしょうか…シャトーは男のロマンなのでしょうか(笑)

アメリカではあまりおいしいものに出会ったことがなかったのですが、今回は比較的おいしいものに出会うことができました。
そのことを現地のアメリカ人にいったら、
「東も西も、海岸沿いは国際的で、どんな味でも受け入れる柔軟性があるんだと思う」
とのお返事でした。
逆に中部〜南部に行くと、味に対しても保守的な傾向が強くなるのだとか。
とりあえず、今回は美味しいものがたくさんでよかった!
それだけで、気持ちが楽になるものですねかわいい

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posted by Lilalicht_8 at 22:07 | Comment(0) | 旅行記
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