2017年07月16日

明日以降に書く予定の事柄についてのメモ、の巻

■ここのところ、突然色々なご縁の渦に心地よく巻き込まれております。
その一番は、「古代バビロニア」との巡り会わせで、昨日はその講義を受け大変感銘を受けました。

■で、そのまま今度は国際フォーラムへ! 念願叶って米津玄師さんのライブに初参加してきました。
もう色々衝撃を受けて、昨晩もTwitterに呟いていたのですが、これは、私の中のけじめとして感想と考察をきちんと書き残しておきたいと思いました。
私の日記と記録は「ブログになってから」12年以上が過ぎ、ブログ以前を含めれば、もう15年くらい立っているように思います。
多分この「記録し続ける」ことはずーっと続いていくような気がするので、あと2年経って、5年経って…振り返ってみたら、あの時がターニングポイントだった、といえる記録のひとつに、このライブについての記事はなりそうに思います。
また行きたいんだけどなぁ…チケット取れないから…早くファンクラブできないかなぁ…

■そして本日は、兼ねてから参加したい!と思っていた藤村シシンさんの「古代ギリシャの英雄」についての講座へ!
予想通り、予想以上に楽しかったです!
3回シリーズの今日は1回目で、まだまだ導入部だと思いますが、これからどのくらい深い「古代ギリシャ沼」(笑)が待っているかと思うとたのしみです。

■というところで、本日は触りだけで〜詳細は後日また!
posted by Lilalicht_8 at 18:02 | Comment(0) | 雑感

2017年07月13日

今月のネイルと「忍びの国」を見てきました、の巻

■先月のネイルは、濃い目のピンクを下地にして、その上にシルバーのミラーネイルを重ねる、というものでした。
これがとても評判が良くて! 私もこういうネイルにしていて気分がよかったので、今月も同じようなデザインになりました。

20170707今月のネイル.jpg
ターコイズブルーの上に、オーロラのミラーネイルをかけたものです。
ターコイズよりちょっと白っぽい見た目になります。
これもキラキラしていてとても評判がいいです…主にちびっ子に(笑)

■さて、気になっていた「忍びの国」を見てきました!
気になった理由はたった一つで、テレビCMで流れる嵐の大野君の声が、ものすごくへなちょこに聞こえたからです(笑)
端的にいえば、「腹から声が出ていない」。声が軽い。喉のあたりだけで出しているような声で、ああいう声で「忍びのものよきけぇ〜!」って言われても説得力がない、っていうか…わざとこういう演出なの?という疑問が頭に渦巻いて、それを確認するために行った、という感じです。
あともう一つ、石原さとみちゃんが相当綺麗だったから!(笑)
校閲の女の子のドラマは、どうにもヒロインの性格とか考え方とかセリフとかが好きになれなくて挫折したのですが、「忍びの国」のお国ちゃんはよさげじゃない? 

先に結論を言ってしまうと、大野くんはおなかから出した声で迫力ある演技をしていました!
あのテレビCM、音の調整をかなりしてるんじゃないかな。バランスを整えて、当たり障りのない声にしちゃってるというか…もうそれだけでかなり損をしているってこと、気が付いてほしいな。
今どきテレビって「テレビだけを見ている人」っていうのはとても少なくて、例えばパソコンいじってたり、スマホしてたり、台所に立っていたり…テレビから得る情報は、視覚より聴覚情報の方が圧倒的に多いんですよ、多分。
だから、「音や声」ってすごく重要な要素になっているので、もうちょっとその辺りに気を配ってほしい感じ。少なくとも「忍びの国」はTVのCMでかなり損をしています。

ただ、映画の内容はあのテレビCMで充分説明しきっていると思いました。
怠け者で、お金には執着がある、伊賀一の忍び、無敵の無門が織田軍を相手に戦う。
もうほぼそれだけの話です。
だから、そんなに深いこと考えなくてもいい、娯楽として優秀な映画です。
その「優秀さ」を支えているのは、間違いなく個性的な登場人物と、それを余すところなく演じきった個性的なキャストの皆様の力に違いありません。
中でも私は、織田信雄軍の重臣・日置大膳役の伊勢谷友介さんと、織田信雄役の知念侑李くんのはまりっぷりを褒めたたえたいと思います!
あの大雑把で狡猾で無神経な、いかにも戦国武将っぽい日置大膳は、そこにいるだけで「戦国時代」という時代を語っているような存在感でした。それに伊勢谷さんがはまってるんだなぁ。
一方の、「織田信長の息子に生まれた」という重い十字架を背負ってしまった、残念な二代目が知念君にはまっていて…というか、これが彼の演技力と役への理解力なのでしょう。うまいよねやっぱり、知念くんは。彼の俳優としてのお仕事がもっと増えるといいな。

これまで、「忍び」や「忍者」という存在にはそれほど積極的な興味を持ってきたわけではなかったので(知っているのは「忍者ハットリくん」とか「忍たま乱太郎」とか、ちょっとシリアスなところで「カムイ外伝」くらいなもので(笑))、「忍び」が「職能集団」で、普段は農民だった、ということもあんまり思い至っていませんでした。
「戦に出るとしたら…誰がカネを払ってくれるんだ?」
という、実に即物的というか俗っぽいというか、精神性といったものを鼻で笑うようなリアリストっぷりは、とても心地よかったです。こういうところ、江戸時代ののどかな感じとは違ってとても面白い。人の命の価値がとても低く、生きていくということだけを考えていた、その野性味がとてもよかったです。
そしてそういう「虎狼の者たち」の筆頭である無門のおおらかさもとても愉快でした。
この時代は、「そういう時代だった」。そういう価値観であった。
そんな割切りのよさがとても心地よかったのです。だからこそ、最後の方に現代とオーバーラップさせるクソ演出(言葉汚くてすみません。でも本当に腹が立っているので…)があった時は、心の底からがっかりしました。
いやいや、そういう陳腐な比較とかいらないから。戦国時代はそうだった、というその「時代性」の中で完結させてくんないと、本当に興ざめなんで! 
でも、その「現代とのオーバーラップシーン」こそが、監督が一番入れたかったシーンだったらしい…と後から知って、その感性と知性の底の浅さにがっかりしました。本当に、あのシーンいらない。

ただ、そのシーンの後に続く、物語の「オチ」がとてもいいのです。
その爽快感とか、すがすがしさは素晴らしいもので、このオチを知ってから、ワイヤーアクションが安っぽいとか陳腐な現代のシーンとか(あとファンの方には申し訳ないのですが、あの主題歌はちょっと映画のエンディングには合わないかな…)、うんざりする要素が全部帳消しになって、「もう一回見たいなぁ」と思わせるに足るものとなりました。これは脚本の妙ですね。

「忍びの国」は演出には色々難がありましたが、キャストの皆さんが本当に素晴らしく(誰一人ミスキャストがないって、すごい!)、脚本もとてもよい、老若男女問わず楽しめるエンターテイメントでした。
おすすめです♪

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posted by Lilalicht_8 at 16:20 | Comment(0) | 映画

2017年07月06日

「バベルの塔」展と「アルチンボルド」展に行ってきました、の巻

■長い長い、と思っていた展覧期間も、あっという間に過ぎていくものです。
そういうことは判っていたのに、後回しになっていた「バベルの塔」展を見に、東京都美術館に行ってきました。

20170702バベルの塔展.jpg
あんなにTwitterで出回っていた等身大?タラ夫には会えませんでした。残念…

東京での公開は7月2日まで。
私が行ったのは7月1日。
当然のことながら、激混みでした。
チケットを買うのにまず並び(でもここは10分くらいだったでしょうか)。
チケット買ってから入場するのに40分くらい並んだでしょうか。館内で列になっていたので空調は効いているはずなのに、やっぱり暑い。じっとりと汗がにじみます。間を詰めて並ぶように言われていたせいかもしれませんが、人いきれって凄い熱量を発するものなんですねぇ。このエネルギーを何かに活用できないものかしら(笑)



さてさて、私はこの展覧会に関して事前に友人から聞いていたことがありました。
これから大阪に回るそうなので、もしかしたらネタバレになってしまうのかもしれませんが…
(ネタバレ回避したい方は、次のパラグラフまで飛んでください)
本展覧会のメイン作品である「バベルの塔」は、一番最後に飾られています!
それまでは、主にブリューゲルの先蹤ともいえるヒエロニムス・ボスの作品が多く、「バベルの塔」だけが目当ての方であれば、いっそ潔く全部飛ばして、「バベルの塔」だけ見る、という手もあるかもしれません。


今回の展覧会はブリューゲルの「バベルの塔」が24年ぶりの来日、ということが大変話題になっていましたが、実際の展示内容はどちらかというとヒエロニムス・ボスの、しかもエッチングが多かったな、という印象を持ちました。
エッチングってそもそも、そうそう大きな作品はありませんので、どうしても見学する際には壁に一列に並んでじっくり見ることになります。
日本人は礼儀正しく、順番をきちんと守って見る方が多いので、その習性がどうしても混雑を引き起こしてしまうのかな、とちょっと思いました。
エッチングは、浮世絵と同じく、絵の中に込められている情報量が多いので、私はその辺りを見ることを放棄して(その分展覧会の公式プログラムを買うことにしました)、油彩画を見ることに集中しました。
ボスの大作として来日したのは、「放浪者」と「聖クリストフォロス」。
「聖クリストフォロス」とは、川渡しをしていた巨人クリストフォロスがある日、小さな男の子に請われていつもの通り川渡ししようとしたところ、その小さな男の子がどんどん重くなっていき、実はその男の子こそイエス・キリストだった、という伝説を持つ聖人の一人です。
小さな男の子が重かった理由は、「全人類の重さをその男の子が背負っているからだ」という解釈がなされています。
ただ私はどちらかというと…子泣き爺のイメージが強く(すみません)、「小さな男の子が思いがけず重くなる、という伝承はどこにでもあるものなんだなぁ」と、この画題を見るたびにしみじみ思ってしまいます。
ボスの「聖クリストフォロス」は、小さな男の子=キリストが颯爽とマントを翻してクリストフォロスの背に乗っている姿が大変凛々しく気高く、素直に「おお、イエス様だ! かっこいい!」という気持ちを喚起する、大変よい宗教画だと思いました。

で、この「聖クリストフォロス」と並んで、この展覧会にメムリンクの作品も来日しており…そう、この時代の宗教画だったら、私は圧倒的にメムリンクの方が好きなのでした!
メムリンクの作品はとても感情が落ち着いていて、静謐さに満ちており、祈祷の対象となる宗教画としてはこちらの方が見ていて落ち着く気がします。
一方のボスの作品群はどこか…気持ちがざわざわするのです。

さて、本命のブリューゲルの「バベルの塔」ですが、じっくり見るために絵の前の最前列は一列になるよう誘導されます。その後ろは幾重になって立ち止まってもいいのですが、最前列だけはちょっと流れ作業っぽい。
ここに至るまでに結構人酔いしていたので、「バベルの塔」の場所まで来ると、「やっと見れた!」という達成感の方が先に立つのは否めませんでした(笑)
ところで、このバベルの塔に触発され、漫画家の大友克洋さんが描いた「Inside Babel」という作品が、会場の前に飾られていました。入場する前、列に並んでいるときにじっくり見られたのですが、これがとてもよかった。
「Inside Babel」はあくまで「バベルの塔」にインスパイアされてできた作品ですが、先にこちらを見てから本物の「バベルの塔」をみると、「そうか、外側はこうなってるのね〜」と逆に思え、比較するのが楽しくなりました。
大友さんの「Inside Babel」も一緒に巡回するのでしょうか?
これ、一緒に並べて展示したらきっと面白いんだけどなぁ。

「バベルの塔」展は、「混んでたな」という印象の方が強くなってしまったのがちょっと残念でしたが、なかなかいく機会のないロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館所蔵の作品を日本で見られる、というのは得難い経験ですし、この美術館の目玉の一つに違いない作品を招聘できた日本の美術館の方々のご尽力に感謝の念を覚えました。

■さて、「バベルの塔」展が開催されていた東京都美術館は上野にありまして、上野には美術館・博物館が集まっています。なのでまとめて回ってしまった方が効率がいい…
ということで、気になっていた国立西洋美術館の「アルチンボルド」展も、「バベルの塔」展の後に行くことにしました。

20170702アルチンボルド展.jpg

「アルチンボルド」展はまだ始まったばかりだからでしょうか、「バベルの塔」展に比べるとあからさまに人が少なくて、じっくりとゆっくりとみることができました。この鑑賞環境が維持されているのがとてもよかったせいなのか…正直に言うと、私はアルチンボルド展の方が印象がいいです(笑)
大きい作品がゆったりと展示されている、というのも理由の一つかもしれません。

今回のアルチンボルド展の目玉は、「四季〜春夏秋冬」と対になる「四大元素〜大気・火・大地・水」が、それぞれペアで向き合うように展示されていたことでした。
じーっとみるとちょっと気持ちが悪いのですが、ふっと目の端にある分には色も落ち着いているし、華やかさもあって、インテリアにちょうどいい。
それがアルチンボルドの作品がハプスブルク家に愛され、収蔵された理由のような気がしました。
基本的に、背景は黒一色。そこにパステルカラーが乗っているのですから、美しくないはずがない。
このコントラストを思いつき、追及して続けただけでも、アルチンボルドという人が偉大な才能を持った人だったのだな、と思います。
「寄せ絵」という奇想にどうしても注目が行きがちですが、私は彼の色彩センスがとても好きでした。
その「センスの良さ」は、アルチンボルドがハプスブルク家の様々な祝祭典の行事に関わる、コスチュームデザインを初めとしたあらゆるコーディネートをした、ということにも表れていたように思います。
アルチンボルドのデザインがも今回来日していたのですが、それぞれの職業(天文学者等)にまつわる衣装のデザインがとても美しく、こういう紛争をした人々が集った行事はどれほど壮麗で、ハプスブルク家の威厳を保つのに有効だっただろう…なんて想像すると楽しくなります。
多分、ものすごい大イベントで、それはそれは華やかなお祭りだったはず。

正直に言うと、アルチンボルドの作品がたくさん収蔵されているウィーンの美術史美術館では、他に見るものが多くて、アルチンボルド自身の作品に注目してこれまで見てきたことはありませんでした。
アルチンボルドの出現が、後の静物画につながったというのもわかるとおり、彼の作品は緻密で落ち着いていてあまり熱を感じないからかもしれません。
今回こういう風にまとめてみる機会がなければ、私もこの画家の素晴らしさに気が付けなかったかもしれません。
もうそれだけで充分、私にとっては価値のある展覧会でした。

ちなみに、アルチンボルドはレオナルド・ダ・ヴィンチに深く私淑していたとのこと。
あ、今三菱一号館美術館で、「レオナルドxミケランジェロ」展やってるじゃない!
わーこっちも見に行かないとね〜

舞台やクラシックのコンサートよりは値が張らなくて助かりますが、美術館・博物館見学も、一度見てしまうと次から次へと見たいものが増えてしまって、本当に困ります。

ちなみに、アルチンボルド展の音声ガイドでは、竹中直人さんがアルチンボルド役を演じていらっしゃいます。いささか大仰に過ぎるのではないか、と思いましたが、16世紀っぽい感じ(シェイクスピアも同時代の人だし)ってこういう感じかな〜と想いを馳せるにはちょうどいい感じではありました。

アルチンボルド展て巡回するんでしょうかね?
巡回するなら、地味にいい展覧会だったので、ぜひ多くの人が見られるといいな、と思いました。

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2017年06月26日

音楽三昧の週末、の巻

■この週末は、ご縁があって音楽三昧の2日間となりました♪
20170626マーラーツィクルス.jpg
両日のプログラムです。

■まず24日土曜日は、ミューザ川崎シンフォニーホールの東京交響楽団の定期演奏会へ。
プログラムは、

歌劇「オベロン」序曲 (ウェーバー)
ホルン協奏曲 第2番 ニ長調 (ハイドン…でも偽作では、と言われているそうです)
ホルン協奏曲 第2番 変ホ長調 (モーツァルト)
交響曲 第1番 ハ短調 (ブラームス) 

今回はゲストにホルン奏者フェリックス・クリーザーさんをお迎えしてホルン協奏曲がふたつありました。
クリーザーさんは、「腕のないホルン奏者」として知る人ぞ知る存在だったようで(自伝「が発売されたばかりのようです)、正直に申せば、「どうやって演奏するんだろう?」という興味が先に立ちました。

僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~ -
僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~ -

結論から言えば、譜面台にあらかじめホルンが固定されていて、キィは左足で操作する、という離れ業(あの状態で足をキープし続ける体の柔軟性と、足の指があそこまで随意で器用に動くんだ!という驚き…)で演奏なさっていました。
パラリンピックの度に思うのですが、体に何らかの障害があってスポーツや音楽で超一流の技を見せてくださる方たちは、超人類ですよね。人間の体の可能性を教えてくれる人たち。ああ、私はまだ、自分の体をここまで使いこなせていないなぁ、ということを痛感させられます。
とはいえクリーザーさんはプロのホルン奏者なので、「演奏方法」よりも彼が奏でる音について感想を記すのが筋でしょう。
クリーザーさんのホルンの音は、とても饒舌で幅が広かったです。
キィ操作で賄えない部分をマウスピースのコントロールで補っているせいなのか、おしゃべりを聞いているような印象を受けました。
その「おしゃべり」は音数の多少とは関係がなく、曲のもつイマジネーションを伝えようとする意志のように思えました。
どちらかというと、モーツァルトのホルン協奏曲の方がはまっていたでしょうか。
ホルンは正確な音を出すのが難しい楽器、という印象があるのですが、クリーザーさんのホルンは音を確実に当てていくことに非常に長けていて、ストレスがありません。
饒舌なホルンの音色とは裏腹に、クリーザーさん自身はとても穏やかな表情をなさる方で、そのギャップも見ていてとても興味深かったです。
アンコールはロッシーニの「狩のランデヴー」。これがとてもはまっていて、大満足でした。

このコンサートのメインの曲・ブラームスの1番ですが、これがとてもよかった!
指揮の秋山和慶先生は、情緒の安定した方なのでしょうか、非常に落ち着いていて、地に足の着いた印象を受けました。
ブラームスの1番はところどころ、感情を高ぶらせるようなフレーズ(もしくは、ブラームス自身の感情が高ぶりほとばしっているようなフレーズ)がありますが、その「高ぶる感情」すらもコントロールされているような。最近「アンガーマネージメント」(「怒り」をコントロールすること)という言葉が話題になりますが、まさにこの「アンガーマネージメント」に長けている、という感じ。
でもそれは「怒りを抑える」ことではなく、「怒りをうまく発散させていく」ということなんだなぁ…なんてことを、曲を聴きながら考えていました。
喜怒哀楽が激しい、という言葉はよく聞きますが、「喜怒哀楽をバランスよく表現すると説得力を持つ」ものなんですね。
そういう、「感情のコントロール」が非常にうまい指揮で、東響の演奏もそれに充分に答える端正なものでした。
ただ「激しい」だけの荒い感情をぶつけられても人はドン引きしますが、「私はこう感じています」と説明されると納得がいく。それでいて、とても情熱的。
豊かな感情と表現とはこういうことなのだ、というお手本のような素晴らしい演奏でした。
聞きに行けてよかったです。

■25日日曜日は、指揮・山田和樹の日フィルの「マーラー・ツィクルス」の最終日、マーラーの交響曲9番でした。
演奏前に山田さんの曲目解説トークがありまして、私は後半だけ聞けたのですが、とても印象深かったのが、

「第4楽章は音数は、数えて見てもそんなに多くなくて、特に最後の方は"息も絶え絶え"という感じですので、客席の皆さんにご協力お願いします、という感じです」(大意)

というコメントでした。
確かに息も絶え絶えだけど!(笑)
そうか、観客の協力が必要だったのか、こういう「息も絶え絶え」曲には!
いやあ、新しい発見でした。

さて、マーラーの交響曲は本当に長くて聞いているほうも大変なのですが、演奏する方はもちろん、もっと大変。
2年半かけてマーラーの交響曲を全曲演奏するというこの試みの、本当の締めくくり、ということもあるのでしょうか、指揮台の山田さんの背中からは「気迫」がのぼりたつようでした。
実際、すごい運動量だったと思うし、「あー、指揮者って俳優のような才能も必要なんだなぁ」と感じ入ることしばしばでした。
ここは優しく、ここは激しく…そういうことを体全体で「表現」するということは、その瞬間、その譜面に「なりきっている」ということでもあるんだなぁ、と思います。

さて、話題になった「客席の協力が必要」な「息も絶え絶え」パートですが、本当に「息も絶え絶え」だったよ!(笑)
でも「息も絶え絶え」の音の中で、「マーラーは生きたい、と思ったのではないか」ということを考えていました。
私の母は、マーラーの曲全般について「スカートの裾を踏んづけられて、前になかなか進めない感じ」と表現していましたが(笑)、その「前になかなか進めない感じ」はこの9番にもいかんなく発揮されていまして、本当に堂々巡りだなぁ、などとクラシック素人な私はじれったく思っていたのですが、この終盤部分になると、それは「生きたいと願う気持ち」なのだと解釈できるように思いました。
マーラーは色々楽譜に書き込む人だったそうで、この9番の第4楽章の最後の小節については「死に絶えるように(ersterbend)」と書かれているそうです。
確かに、最後は死んでしまうのかもしれない。
けれど、その死にゆく瞬間に垣間見た世界はとてもきれいでキラキラしていて…決して暗くて怖い世界ではなかった。
「死んでもなお生きる」という希望や願いが詰まっているように感じられました。
「死」がテーマになっている9番の最後に、こういう希望が用意されていたんだなぁ、と感心することしきり。
最後の最後、山田さんの指揮の手がなかなか降りず、客席も拍手をするタイミングを失ったまま場内に訪れた沈黙は大変心地よく、そして素晴らしい演出だと思いました。結局、指揮の手が降りきる前に、先に拍手をする人がいて、その人につられて拍手が始まってしまったのですが、もう少し、あの沈黙を味わっていたかったです、正直に言うと。
指揮者は俳優であり、演出家でもあるんだなぁ…とつくづく思いました。

マーラーの曲は弦パートの音が、スチールウールのように音が絡まってもっさり聞こえることが多く、私はこの「スチールウール」部分をもう少しスッキリ聞かせてくれる演奏の方が好きなのですが、今回の指揮はこの「もっさり」をあっさり聞かせてくれてそんなに拒否感は強くなかったです。
2年半にわたる「マーラー・ツィクルス」を締めくくるにふさわしい気合と、爽やかさを堪能することができました。

それにしても、マーラー好きな人ってやっぱり男性に多いんでしょうか。
しかも、すごく饒舌に「マーラーについて」語りたい人が多い印象を受けます。
今日はロビーのあちこちで、マーラーについて熱弁するおじさま方に遭遇し、「ちょーマーラーっぽい!」などと阿呆なことを考えておりました(笑)

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2017年06月18日

地唄舞のこととお返事集、の巻

■さて、前回の「銀座で能を見てきました、の巻」でやけに思わせぶり(笑)な引きで終わらせてしまい、ちょっと気を持たせたようになってしまいましたが。
本当に、無知な人間にとっては「知る」という楽しみがまだまだあることは生きている甲斐があるというか、脳みそへの快楽につながるものだなぁ、とつくづく感じた…そのきっかけが「お能を見たこと」にあったことは間違いがありません。
その「知る」楽しみにつながるには、ちょっとお話を過去に戻ることになります。

■とあるパーティで、私はその方と初めてお目にかかりました。
その時その方がお召しになっていたお着物があまりに素敵で、また着こなしも大層粋で美しくていらっしゃったので…ありていに言ってしまえば、「素人には見えなかった」のです。
これは和装でいることが日常である方に違いない。
そう思って、思い切ってお声がけして名刺交換させていただいたのが、地唄舞の演者・出雲蓉さんでした。

「地唄舞」ってなんだろう?
ウィキペディアで調べても、あんまりよくわからない。
ただその方と名刺交換をして以来、公演のお知らせをいただくようになり、
「よくわからないけれど、千駄ヶ谷の能楽堂に行ってみたいし、知らないものは見てみたい!」
という好奇心に駆られて、公演に伺うようになりました。
で、実際に見てみると、唄があってお囃子があって、それに合わせて舞うんだけど、とても演劇性が高い。
一人二役があったり、時には動物の擬態を舞で表現することもある。
とにかく、見ていてとっても楽しかったのです。
正直、見る前は「寝ちゃったらどうしよう…」という心配をしていたのですが(とっていただくお席がとてもいいお席で、そんなところで寝ちゃったらどうしよう、とかなり深刻に悩んでいました(笑))、寝るなんてとんでもない。そんな間もなく、次々と目の前で繰り広げられる物語にすっかり心奪われておりました。

とりあえず、「地唄舞」の定義がどういうものかはわかんないけど、今見ているものはとても面白い!

…そういう、ごくごく単純な理由で、私は公演に通っておりました。

■そして、先日のお能の話につながります。
お能にはそれぞれに「役割」がある。「シテ」とか「ワキ」とか、「シテ」の中にも「ツレ」とか「後見」とか…「地謡」。
あれ? 「地謡」? あれか、歌ってる人たち。地唄って…ああ! これか!!!
そうなのです。私が数年にわたって「よくわからないけど、綺麗で楽しいから見てる!」と見続けていた「地唄舞」とは、もともとはこの能の「地謡」にお面をつけず、能衣装ではなく着流しを身に着け踊るもの…だったのです。
なるほど、それで能の曲と出し物が多かったのか。「敦盛」とか、「葵上」とか。
勿論、そのほかにも新作の「地唄舞」もあるのですが(特に「雪」という作品は絶品で、身じろぎもせず見入っていました)、なるほど、能がベースにあるものだったのねぇ…
ウィキペディアでみると「上方舞」という項目でまとめられており、内容を読んでもいまひとつピンとこなかった「地唄舞」が、私のなかで落としどころを見つけた瞬間でした。

20170618地唄舞.jpg
出雲蓉さんの公演のDVDです。「たぬき」もとっても楽しくて好きな演目。そしてやっぱり「雪」が見たかったので、もう一枚買ったのでした。

能だけでなく、義太夫や人形浄瑠璃からも題材をとり、それをお座敷で踊っていた…というのが元々の由来のようですね。なるほど。

というわけで、わけもわからず「楽しいから!」だけで見ていたもののバックグラウンドが、思いがけない形で私の目の前に立ち現れ、心の底から「そうだったのか!」と納得がいく…しかも数年越しで(笑)という、なかなかない体験をしたのでした。
「地唄舞」綺麗で楽しいです。機会があればぜひどうぞ。

■短くお返事集〜
>mioさん
お久しぶりです! ずっと読んでいていただいて、とてもうれしいです。
できるだけUPしようと私も思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします♪

>ちょり
カールがなくなるなんて、本当にびっくりだよねぇ。あの、上あごにくっついて食べにくいところも含めて好きだったので、とても残念。

>みこさん
いつもいつも、コメントありがとうございます!
「スラブ叙事詩」これから中国・韓国・アメリカに回る予定だそうで…保存状態とか展示状態とか、大丈夫なのか!?ってとても心配してしまいました。
お能も楽しかったです! 「タイトルロール不在の『葵上』」ってすごく前衛的ですよねぇ…かっこいいと思いました。
あと、「優しくされると戸惑ってしまうジャニーズFC」…本当にそうなんですよねぇ。宝塚もそんな感じしませんか?(笑)
シドのFCに入ったら、やけに親切で今でも戸惑っています(笑)

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2017年06月14日

銀座で能を見てきました、の巻

■4月、銀座に新しい大型商業施設ができました。それが、「GINZA SIX」。
たぶん自分にはあんまりご縁のない施設なんだろうなぁ、と思って気にも留めていなかった(笑)のですが、ふとしたことからご縁があり…
そのご縁とは、「GINZA SIXに新しくできた能楽堂でお能を見る」ということでした。

え? GINZA SIXに能楽堂があるの?
そもそものスタートはそこからでした。ああ、本当にもの知らず…
正確には、「観世能楽堂」というそう。能楽の中でも、観世流の能楽堂…らしい。

気取っても仕方がないので率直に申せば、私はお能は中学か高校かの伝統芸能鑑賞会で見たっきり。
狂言だけは独立したものを見た記憶がありますが、能と一緒に見るのは、多分それ以来。

本当にもの知らずでお恥ずかしいのですが、こんなにちゃんと、自分の意志でお能を見たのは初めてです。

■さて、先にさらっとGINZA SIXの印象を述べておけば、私は香港のショッピングモール「ハーバーシティ」を思い出しました。
勿論ハーバーシティほど大きくはないのですが、一歩踏み込むと、奥の方に長い感じがとても似ている。
あと、お店の配置の感じとか…
そういえば、この建物はいわゆる「中国人の爆買い」が話題になったころ、「銀座には観光バスを乗りつけられる大きな商業施設がない」という問題を解消するべく建てられたんだっけ。
そうすると、2階建てバスも止まれるくらいの高さと長さのあるバス停を、建物の裏側(というか内側、というか中庭、というか)に持っているのも当たり前なんだなぁ…なんて考えると、香港のハーバーシティっぽい、という私の直感もあながち間違いではない、のかな。
オープン当時(4月)は物珍しさもあってそれなりに人が入っていましたけれど、今、そして今後はどのくらい人が入るのでしょうね。
私は…あんまり関係ないかなぁ、今のところ。

■行く前のイメージ・行ってからのイメージがそんなに変わらなかったGINZA SIXですが、ここに能楽堂があったことには本当に驚きました!
今回の番組(というのですね)は、
能「葵上」
狂言「棒縛」
半能「石橋」
でした。

20170609銀座6能.jpg

事前の学習(笑)としては、成田美名子先生の「花よりも花のごとく」を一通り読みまして。
大体の役回りとか、話の内容は頭の中に入れていたつもり…でした。
つもりだったのですが、やっぱり私は「実際の能」がどういうものかわかってなかった。
判ってなかったうえで…「能って面白い!!!」と、心の底から湧き上がってくる「わくわく」した気分が止められませんでした。

特に「葵上」。
葵上ってすごいんですよ。
何がすごいって、タイトルロールであるところの「葵上」が事実上、舞台に登場しない。
舞台には一応「葵上」の存在はある。
それは、かなり舞台の客席に近いあたりに、豪奢な女性用の着物一枚がはらりとおかれているだけ。
その「葵上」を見立てている着物に向かって、第一場では巫女さんが祈りをささげているところにゆらりと貴婦人の霊が現れ、第二場ではその「着物=葵上」の頭上で鬼と化した貴婦人の霊(=六条御息所)と比叡山の横川の小聖(比叡山の横川ってところで、色々と「そうつながるのか!!」と膝を打ったのですが、それはまた別の話…)が、サイキックバトルを繰り広げる。
サイキックバトルっていくらなんでも大げさでしょう、と思われるかもしれませんが、とんでもない。
実際般若のお面をつけた六条の霊が、葵上(に見立てた着物)の上にずいっと身を乗り出すと、それを追い払うように数珠をじゃらじゃら鳴らしながら小聖が反対側からずずいっと身を乗り出す。
押せば引くし、引けば一層押す。
そんな駆け引きが、拍子の激しくなった地謡に合わせて繰り広げられる。
まさに、サイキックバトル。
どっちが勝つの!?(いや、結果は判ってるんですけどね(笑))とワクワクし、ついつい手を握り締めてしまうような緊迫感あふれる舞が舞台上で展開されるのです。

まず、「葵上を着物だけで表現する」という発想が、現代からすればものすごく先鋭的。考えてみれば、パントマイムの発想なのですけれど、豪華で大掛かりな舞台に日々慣れていると、シンプルかつ説得力ある(しかも存在感もある)設えに、感嘆してしまうのです。
その「着物だけの葵上」に存在感を与えているのが、第三者である六条御息所であり、巫女さんであり、聖。
事の次第をとうとうと語る地謡は、BGMというよりは「言葉そのもの」で、雨あられと降ってくる「言葉」を耳で聞き取り、目の前で展開する舞を堪能し、頭の中で「言葉」と「舞」を融合させる。
ものすごく頭を使う「演劇」だと思いました。
見終わった後に、脳が心地よく披露していることに気が付きます。

狂言の「棒縛」は、歌舞伎や日本舞踊にもなっている有名な出し物ですが、これもまた楽しかった。っていうか、狂言師の皆さん、声が大きい…すごく響く。

最後の半能「石橋」は、歌舞伎では「連獅子」の元になる、紅白の霊獣・獅子が、牡丹の中を舞う…という大変おめでたいもので、目にあでやかで大変幸せな気分になりました。

いやあ、なにせ「葵上」にショックを受けましたよ!!!
めっちゃ、サイキックバトル。
そういえば、と能って聖が出てきたり、霊が出てきたりするものがとても多くて、これはとんでもなくホラー作品。
ああ、お能って面白いなぁ…としみじみと思った夜でした。
これは、もっと見に行く機会を増やしていきたいものです。

■…というところで、この能を本格的にみるという機会を得て、ようやく「地謡」について私は理解し、これがまた別のところへつながっていくのですが…それはまた別の機会に♪

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2017年06月13日

今月のネイル、の巻

■ここの所、ミラーネイルにはまってます。
あ、当たり前なのですが、私はいつもプロのネイリストさんにお願いしているので、私自身がネイルを作ってるわけではないです。

なんでこんなことをわざわざ書くかといえば、先日ランチをご一緒した方で、ご自身がジェルネイルをなさる方がいて、私の爪の先をじーっとみて、
「どうしてそんなにミラーネイルがきれいにできているの?」
と聞かれたからです。
「プロにお願いしているからです」という答えはこの場合、まったく当を得ていないことは明らか。
でも、なぜそういう質問をされるのかが判らなかったので、
「ご自身でミラーネイルにトライなさったことがあるんですか?」
と伺ったところ、「まさにそれ!」という調子でお話しくださいました。

なんでも、ご自身でミラーネイル用の粒子の細かい金粉・銀粉を買って、ジェルネイルの上からこすって固めても、寄れてしまったり、うまく定着しないのだとか。
知り合いのネイリストさんに聞いても、「そのやり方で間違ってないですよ」としか教えてくれない…とか。

「普通のクリアジェルの上から金粉とかこすりつけているのですか?」
「そうなの。それでいいって言われたから」
「うーん…そのネイリストさんの言葉を否定してしまうかもしれないのでちょっと躊躇しますが…私がお願いしているネイリストさんは、ミラーネイル用のクリアジェルを使ってますよ。普通のクリアジェルじゃないです」

そう、一応言ってみると、その方は「やっぱり!」というような顔をされて、
「そうよね! 何かが絶対違ってると思ったのよ!」
とのこと。
念のため私がお願いしている方にも確認しますね…とお約束して、先日実際にネイリストさんに聞いてみたところ、「ミラーネイル用のクリアジェルを使っている」で正解でした。

あまり、存じ上げない他のネイリストさん方のことを貶めるような物言いをしたくはないのですが、もしかしたらお客さんとしてその方に来てほしいとかそういう考えがあったとしても…やはり素人さんに嘘を教えてはいけないと思うのですよ。
その方の言っていることすべてが、嘘に聞こえてきてしまう。
そのくらいの情報を伝えたとしても、素人を圧倒する技術があるのだと、プロの方には自信を持ってもらいたいものだなぁ…とおもったのですが、いかがでしょう。

■そんなことを話したり考えたりしながらお願いしたネイルは、「全部の指をミラーネイルにしてみる!」という趣向となりました。

20170613今月のネイル.jpg
これ、あんまりよく見えないかもしれませんが、結構濃い目の明るいピンクを下地に塗って、その上から銀のミラーネイルをかけてもらいました。
なので、光の角度によってピンク色に光る、思っていたよりもだいぶシックな仕上がりになっています。
梅雨なので、指先だけでも爽やかにね〜
また一カ月、心安らかに過ごせそうです。

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posted by Lilalicht_8 at 19:33 | Comment(0) | 今月のネイル

2017年06月07日

「ミュシャ展」終わりましたね、の巻

■関東が梅雨入りしたそうです。
先日、突然の雷と夕立に遭遇し、
「ああ、今年の梅雨も晴れの日の夕方に突然雨が降る、っていう感じになるのかな」
となんとなく思いました。
もうここのところ何年か、梅雨というと「昼間晴れてて夕方に豪雨、被害が出る」というパターンに変わってきたような気がします。
以前のように、「いつもなんとなく曇天で、だらだらと雨が降る」というイメージが遠くなりつつある。
天候の変化は地味に体に響きます。
そして人の感性も変えていくような気がします。
歳時記もちょっとずつ言葉を変え、イメージを変えていくのでしょうか。

■さて、お祭り騒ぎのように国立新美術館の「ミュシャ展」が先日月曜日、6月5日に終わりましたね。
私は4月の平日に見に行ったのですが、その時は待ち時間20分くらいでした。
最終日前日の6月4日日曜日は、「待ち時間140分」なんてtweetを見かけて、本当に驚きました。
でも、その気持ちはわかる。
だって、「スラブ叙事詩」が全編チェコ国内から運び出されるなんて大イベントに、ちょっとでも乗っておきたいじゃないですか。
以前からの美術ファンはもちろんですが、お祭り的にこういう企画展示が盛り上がることを、私は大変結構なことだと思っています。
私は書道をやっていて、書道の師匠を初め書家の方々とお話しする機会があるのですが、どんな文化であれ「盛り上がってお金が回ること」はとても大切なことなのです。
それが次の可能性を生む。
教会や国の首長など巨大な権力と資金を持った存在がパトロンとなり、芸術家を養っていける時代はもう遠くなりました。
けれど芸術や文化は、やはりそういう「ビジネスモデル」で今も養われています。
資金の規模は小さくなったけれど、国や企業やほんの一握りのお金持ちというパイを、文化芸術を志す人たちが取り合っている…そんな感じです。
芸術家は貧乏なのが当たり前とか、絶対嘘ですから。
お金はあればあるだけいいんです。
その分だけ買える自由は必ずある。

■…てなことを、ミュシャ展に行っても改めて感じました。
今回のこの展覧会の目玉はなんといっても、「スラヴ叙事詩」がすべて一斉に展示されるということ。そもそもスラヴ叙事詩がすべてチェコ国外に出ることが初めて、だというのだから、この一大事業を企画し、実現した国立新美術館のスタッフのみなさん、元々スラヴ叙事詩を展示しているプラハ国立美術館のスタッフの皆さん、そしてこの企画に携わったすべての方々に、感謝するしかないです。
よく貸し出したよね、チェコ…自分たちの国の宝みたいな絵のはずなのに。
今回の展示については越えなければならなかった壁があったようですが、いずれそういう裏側の話まで一つにまとまって読めたらいいなぁ、と思います。

20170607ミュシャ展2.jpg
さて、ご存知の通りスラヴ叙事詩は一つ一つの作品がとても大きいです。
そしてその大きさに圧倒されます。
みんな、見上げながら歩く感じなんですが…正直、
「よく人が転ぶとかして、絵に傷がつかないですんだなぁ…」
と思うくらい、結構作品に近づいて鑑賞できました。
私はとても、あの距離が怖かったです。上を向いて歩いている人同士がうっかりぶつかって、ちょっとずるっとこけてしまったら、たちまち絵に手をついちゃいそうな…まあ妄想なんですけど、そういう怖い想像をするくらいに近いなと感じました。
しかも、一部はこうして写真撮影も可能になっている(撮影したのは「聖山アトス」です。この光の入り方がとにかく美しくて、長らく見つめてしまった1枚でした)。

20170607ミュシャ展1.jpg
ミュシャの息子がモデルになっている絵。

さて、スラヴ叙事詩は本当に美しかったです。
これは、見に行った人全てが間違いなく首肯するところでしょう。さすがにこれを「美しくない」という人がいたら、へそ曲がりか文句を言いたいだけの人なのかな、とその人に対して偏見を持ってしまいそう。
ただ付け加えるなら、この作品群を私は少し「怖いな」と思ってみていました。
その大きさと美しさに身震いするだけでなく、そこから発生する「圧」に息苦しくなった、というべきか。
この絵の主題なのだから当たり前なんですが、あまりに「スラヴ民族」押しが強くてその熱に圧倒され、言葉を失ってしまう瞬間がありました。
そういう風に、わざと人を煽るように描かれた絵でもあるのだということがひしひしと伝わってきます。
かなり、メッセージ性の強い作品です。

例えば、浮世絵なんかも書込みや説明書きがとても多くて、そういう意味では情報量が多い絵なのですが、なんでしょう、浮世絵の「情報量の多さ」というのは、ぺちゃくちゃと市井の人々がおしゃべりするのを聞くような、そういう他愛のなさを感じるのですね。
でも「スラヴ叙事詩」は人を扇動するためアジテーションの要素が強い、そういう「情報量の多さ」に圧倒された気がします。
そうやって分析する前の、自然に出てきた感情が、私の場合「怖い」という一言に集約されたのだと思います。

「スラヴ叙事詩」はとても美しく、そして怖い作品でした。

■ところでこの巡回展、このあと中国・韓国・アメリカに回る…という情報を、ネット検索して知りました。
どれだけの期間、チェコからこの作品がいなくなるのかわかりませんが、大きな決断が下されたものだなと、改めて思いました。

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posted by Lilalicht_8 at 15:25 | Comment(0) | 展覧会

2017年05月29日

ちょっとしたお返事集、の巻

■ブログ記事に画像を放り込んでおくと、スマホからブログを見たとき画像がトップに来て、結構見栄えがいいな!と気が付いた今日この頃。
今回はWeb拍手にいただいたお返事集なので、何か適当な画像はないかな〜とがさがさ自分のフォルダー見ていたところ、去年の書道の作品展に出した作品が出てきたので、ちょっとしたお茶濁しに。

20150529.jpg
酉年に向けて鳳の古代文字を書いたのですが、もう酉年も半分すぎちゃいますよ!
速すぎる!
人間はこうして…(略)

■ところで、今日グーグルを開くと、トップに美空ひばりさんのイラストが出てくるんですね。
なんでかなぁ、と思ったら、今日がお誕生日だったのだとか。
美空ひばりさんのすごさとかかっこよさって、長らくわかっていなかったのですが、年一くらいでやってる懐かしの歌謡曲、みたいな番組を何とはなしに眺めていると、改めてすごさが判りますね。
不世出の天才って、こういう人のことを言うんだなぁ、って思います。

■というところで、お返事集です!
>ゆばーばさん
そーなんですよね! 関ジャニ∞にくっついて、47都道府県ツアーであちこち回っていると(もちろん、全部行けたわけではないんですけどね)、「ご当地もの」にどうしても目が行きますよね(笑)
私は会社へのお土産もあって、ご当地カールを買っていました。小袋が4つだったか6つだったか入っていたので、親しい同僚に配って好評でした。
しかもご当地カールおじさんカードが入ってる!
あとは、ご当地キティにはまって、ご当地キティのボールペンとかを楽しんで集めていました。
キティねーさんて本当に仕事を選ばないから(笑)ロールケーキになってたのが一番面白かったな。キティねーさん、毛がクリームでべちょべちょやん!って突っ込み入れちゃいました(笑)

>ちょり
そーなの! おなら合戦絵巻、大笑いしたよ! もうねー、ぜひ君に見てほしかった!
リンクフリーなのかわからないのでURL張らないけど、「放屁合戦絵巻」でググると、写真が出てくるから見てみてね!
BL絵巻…じゃない、「稚児絵巻」は話が悲劇的なものもあって味わい深いです。
大体、お坊さんと若衆の純愛で、真に受けるとうっかり涙しそう…(嘘です(笑)だって絵巻物も妄想の世界でできてるから!)
ところで、映画の「三月のライオン」はみた? 「無限の住人」も見たいと思ってるうちに終わっちゃいそうで、映画って本当に回転が速いよね。

>みこさん
いつもいつもコメントありがとうございます。
そーなんですよ! TOKIOは…ジャニーズなんだよ!っていう精一杯の抵抗です(笑)
IHIステージアラウンド東京は、まだまだ試験段階…っていう感じだと思います。
大きな舞台装置が定位置なので、この間の記事にも書いたとおり、場面転換がスムーズなくらいであんまり効果的な感じはしませんでした。
新感線の舞台は来年まで続くので、とりあえず「season鳥」でどのくらい舞台の使い方が変わるかなぁ、とちょっと気になっています(チケット代高いし、上演時間が長いから、行くかどうかはまだ保留です(笑))

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posted by Lilalicht_8 at 16:58 | Comment(0) | 雑感

2017年05月26日

ご当地カールおじさんカードと私、の巻

■カールが、東日本で買えなくなってしまう。
こんなニュースが流れて、2日ほど経ちました。
何が原因だったんだろう? 売上? と思っていたら、どうやら「生産拠点の整理による経費削減」が理由とわかって、納得しました。
理由は納得したけど、やっぱり残念です。

…ということで、カールおじさんを見送る会(と勝手に作ってみた(笑))の一環として、私がこれまで集めてきた「ご当地カールおじさんカード」をご覧に入れましょう!

この「ご当地カールおじさんカード」は、日本中のあちこちの土産物売り場で売っている、ご当地カールのオオバコに封入されています。
47都道府県前部にあるのかな、と思ったのですがそういうわけでもないらしく、また何年かに1度、新しくなったりしていたようです。
20170526ご当地カールおじさん1.jpg
神戸異人館のカールおじさんたち、ちょっと宝塚が入ってるのが楽しいですよね。
ねぷた祭りのカールおじさんも可愛い。

20170526ご当地カールおじさん2.jpg
カールおじさんが東尋坊を「上から」ではなく「下から」見ているのに、忖度を感じる…(笑)

20170526ご当地カールおじさん3.jpg
カールおじさん、何気にあちこちでいろんな名産食べてますよね。カールなのに(笑)

■ちなみに、今回のブログのカテゴリーをなぜ「関ジャニ∞」にしたかといえば、このカードの大半は、関ジャニ∞の「47都道府県ツアー」をはじめ、関ジャニ∞のツアー遠征した時に買ったからなのでした(笑)
カールおじさんと関ジャニ∞は、私の中で結びついています…エイトは今、森永のCMやってるけどさ(笑)

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posted by Lilalicht_8 at 17:51 | Comment(0) | 関ジャニ∞

2017年05月24日

劇団☆新感線「髑髏城の七人〜season花〜」を見てきました、の巻

■申し訳ありません、またまたお久しぶりになりました。
相変わらず、2週間に一度、風邪ひいて熱出して寝込むを繰り返してます…面目ない。
かかりつけのお医者さんにも「どうしたの?」と言われまして、考えてみれば、甥っ子たちに会いに行くたびに風邪菌もらっている気がする…
子供たちは、子供たちが集まるところで風邪うつしあってますからね、仕方がない。
仕方がないけれど、子供の体で培養された風邪菌は強力なんだよ…
甥っ子たちはかわいいし、何より妹の手助けになればなぁ、と思いはすれど、体はままならず。
まずは体調を戻すことに全力を注ぎます。
ご迷惑をおかけした皆様には、申し訳ありませんでした。以後気を付けます。

■というわけで、もう1か月半近く経っちゃいましたけど、劇団☆新幹線「髑髏城の七人〜season花〜」を見てきました。
場所は、話題の360度劇場「IHIステージアラウンド東京」です。
突然降ってわいたご縁だったので、この劇場については全く下調べしないでいました。
直前になって、アクセスを調べたらあらびっくり。最寄り駅が「豊洲市場前」駅でした。今話題沸騰中の豊洲市場(笑)
行ってみてびっくり。閑散としちゃってるのね―あの駅。駅前、本当に何もない。駅を出て、すぐ左前方に見える劇場まで、うねうねと曲がった一本道が続いていて、そこを粛々と歩いていく観劇者たちの群れ。
ちょっとした荒涼としたムードが漂ってました。
多分、原始キリスト教教会ってこんな感じだったんじゃないかなーなんて思うくらい。
日は傾いてるし、ちょっと寒いし(この日は雨がパラパラと降る不安定な陽気でした)、とにかくお店が周りに何にもない!
これは推測なんですが、去年、予定通りに豊洲市場が開場していたら、もっと人通りもあって、それに伴って豊洲市場で働く人たちのために、コンビニとかファミレスとか、カフェとか…とにかくもっとお店ができてたんじゃないかと思うのです。
でも今のところ、オープンのめどが立ってないから、お店がなーんにもない。

ご存知の通り、劇団☆新幹線の舞台は長いです。大体休憩時間も入れて3時間越えてくる。そうすると、特にソワレだと午後10時くらいに終演ってことも余裕であるわけで。おなか減るじゃん! 
食糧補給できるお店重要! 絶対必要!
過日、劇団☆新幹線の公式アカウントをTwitterで眺めていたら、「ちゃんと来ましたよ!」みたいな言葉と一緒にキッチンカー(移動販売車)の写真が載ってました。豊洲市場前に需要があるみたいだって、気づいたキッチンカーがいたのか! えらい!
この調子で、夕方にも来てくれないかな、キッチンカー。それでもって、劇場に持ち込めたらなおいいんだけど。そこは難しいか。
ちなみに、劇場内の飲食コーナーは、精一杯頑張ってたと思います。手際よかったし、サンドイッチなどの類の兵糧の備えは充分にあり(ちょっと違うか(笑))、とにかく頑張ってた印象があります。でもやっぱり、物足りないんですよねぇ。
午後10時だと、豊洲市場前から豊洲とかに出ても、そもそも豊洲にだって食べるところ少ないじゃない? で、何人かで相乗りすればタクシーで銀座方面にも行けるんじゃないかな、と考えたりもしたんですけど、そもそもタクシーがいないし!!!

とにかく、「現状、エンターテイメントを目当てにした人を集めるところじゃない」という印象が強いのです。
私が行ってから1か月以上経っていますが、この状況は果たして変化しているのでしょうか。
多少改善されたとしても、当分の間続くと思います。なぜなら、豊洲市場がいつ開場するかわからないから。
なので、どうぞこの劇場に行く方は、あらかじめしっかりご飯を食べてからいらっしゃることを積極的にお勧めします。

■で、舞台の内容ではなくて、劇場そのものの話が続いてしまいますが。
この劇場の売りは「360度展開する舞台」「座席が移動する」なのだそうです。
読んだだけではよくわからず、実際見るまでどの程度「座席が動くのか」とか、舞台の作りこみも想像つかなかったので、ここで具体的に記録しておきますと…

まず、舞台は円形劇場でした。そして座席はその真ん中に作られていました。
バウムクーヘンの真ん中に座席があり、皮からの厚み1センチくらいの部分が舞台になります。
360度にぐるっと舞台がめぐらせてあって、そこを、たとえば「このシーンは60度くらい」「このシーンは40度くらい」「このシーンは120度くらい」…と場面ごとの舞台装置が、あらかじめ建て込んであるのですね。
今回のお芝居は確か4場面、つまり4つの大きな舞台装置が作られてありました。一番大きな装置は「無界の郷」の吉原のような遊郭の2階建ての建物のシーンでした。感覚でいえば、120〜130度くらいぶんどって作られていたので、かなり大きい。
で、ひとつのシーンが使われているときは、他の3つは幕が下がっていて見られない状態になります。
客席は、そのシーンに向かって「横回転する」。
俳優さんたちは、場面転換の度にシーンからシーンへと360度舞台を走って(もしくは歩いて)移動します。
客席の「回転」は、本当に「横」にしか動きません。映画館の4Dシアターみたいに、もっと激しく動くのかと思ったら、そこまでの機能は今のところないようです。USJとかで体感型シアターを経験していると、かなり物足りません。

利点といえば…そうだな、場面転換がスムーズなこと(いちいち大きな装置を移動しないで済むから、場面転換の時間が短縮される)かなぁ…あくまで現状では、それ以上の良さは、正直感じられませんでした。

逆に、「え。これ迷惑」と思ったのは、フィナーレのご挨拶の時でした。
ご挨拶の時には、一番大きな「無界の郷」の場面が使われたのですが、これが元々体感120度くらいあるわけです。
で、そのさらに右となり、本来なら別の場面が作られているところは暗幕で覆われているので、そこにキャスト紹介の文字が流れるわけです。
体感視界としては、場面+キャスト紹介で140度くらいになるのでしょうか。
でも、人間の両目の視界の限界って、大体140度くらいなんだそうです。
つまり、舞台のどこかかキャスト紹介が「見切れる」。
今回私は比較的真ん中あたりの座席だったので、キャスト紹介がほぼ見切れました。
ちょっと目の端に引っかかったので、「え?」と思ってみたらキャストが流れていて、でもそっちを意識してみると、舞台の真ん中の方まで見えなくなっちゃう。
これは、かなり迷惑でした。
もうちょっと、視界を狭めに意識して、舞台を作ってほしいなぁ…と、そこはとても不満が残りました。
改善されてたらいいのですけれど。
なにせこけら落とし公演ですからね。色々とまだ実験段階だと思うし、手探り部分は相当あると思うので、次に行く機会があって、その時に改善されてたらいいなと、これは心から思います。

20170524髑髏上の七人.jpg
相変わらず、新感線の舞台のオフィシャル画像はかっこいいです。

■劇場の話がすっかり長くなってしまいました。
お芝居そのものについて。
私、「髑髏城の七人」って確か1997年版を見てるんですよね。
その時は古田さんが二役をしていた記憶がとても強かったのですが、今回はその役がふたつに分けられていて、そういう意味では話がとても判りやすくなっていました。
でも正直に言うと、あれは二役だったのが醍醐味でもあったからなぁ…と、ちょっとそこが残念です。
今回のアラウンドシアター東京公演では「season風」で松山ケンイチさんが、二役版で演じるそうなので、今度はこっちを見たいかも。

とはいえ小栗旬版捨之介は、かなり粋で色っぽくて大変よろしかったです。
今回の立ち回りの一番の見せ所である、「2本刀の立ち回り」も、着流しの裾を大胆に端折って、赤い襦袢が見えたりするのは、型通りとはいえやっぱりかっこよくて素敵でした。
美しさで圧倒したのは、無界屋蘭兵衛の山本耕史さんでした。やっぱりかっこいいわ。
そして、私は初めましてになる成河さんの天魔王、狂気をはらんだ声色といい、パントマイムのような奇想天外な動作といい、魅せられました。
そしてとにかく印象に残ったのが、沙霧役の清野菜名ちゃんでした。とにかくよく動く! アクションの切れがいい! 回し蹴り、飛び蹴りが美しい! うわー、こんな女優さんいたんだ!と目を見張りました。声が通って滑舌もいいし、もう一度彼女の舞台(アクション満載でよろしく!)をとても見たいと思いました。
舞台の内容そのものは大満足です。
相変わらずの「新感線」節は、頭になじんだ心地よさがあります。

いやあ、それにしてもやっぱり3時間越えの舞台はつらいわ〜
楽しいんですけど、疲れます。
翌日休暇を取ることを前提で見に行く、という条件付きでもう一度見に行きたい感じです。
多分その時には、劇場の使い方がどのくらい改善されたのかもチェックしちゃいそうですけれど(笑)

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2017年05月15日

「絵巻マニア列伝」展に行ってきました、の巻

■これ、「六本木開館10周年記念展」という冠がついていました。
え? 六本木ミッドタウンができてもう10年経つの?という驚きが先に立ちました。
時のたつのは本当に早いと、最近実感させられることが多いです。

■4月は体調不良でとにかく「人ごみになるべく出ないで寝ている」ことを優先していたので、あっという間にこの展覧会の会期期間が終わってしまいました。
絵巻はあんまり長期間展示できないですものね。仕方がない。
で、どん詰まりの最終日に行ってきました!
最終日でもっと混んでるかと思ったのですが、予想に反してそうでもなく…もちろん、絵巻は棚に置く以外の展示方法(壁掛け等ほかの展示手法)ができないため、どうしても人気のある絵巻では行列ができてしまうのですが、それでもストレスになるほどの行列はなかったので、やはりあまり混んでなかった、というべきなのでしょうか。

20170514サントリー美術館絵巻マニア列伝.jpg

右から左へと時間が流れている絵巻は、一度見慣れるとマンガを読むような感覚になるのが大変面白かったです。むしろ、右、左、斜めと視線移動の「クセ」になれる必要がある現代の漫画の方が、より複雑かも。
今回は皇族や貴族が収集し、天皇(上皇)のお墨付きまでがセットになっている絵巻が多かったので、印象に残るほど鮮やかなものは、有名な寺社仏閣の縁起絵巻に集中していたような気がします。
これらの中でも印象的だった縁起絵巻は「石山寺縁起絵巻」。
鎌倉時代にオリジナルが作られた後、室町時代にも写しが作られ、さらに江戸時代に下って松平定信(この方も「絵巻マニア」の一人に列せられていました)の助力を受けつつ谷文晁も写しを制作していた、という時代ごと(でも描いている場面は全てオリジナルに準拠しています…「写し」=コピー本なので)の絵巻がありました。
「あ、これさっきもあった!」
ととっさに思い出させたのは、展示の構成の妙だったのでしょう。

さて、お寺や神社の縁起絵巻以外といいますと、物語系の絵巻がやっぱり楽しかった!
特に人気があったのは「放屁合戦絵巻」だったようで、これとこれに連なる絵巻は、整列鑑賞するように美術館の方が列の整理をしていらっしゃいました。

まず前段として「福富草紙」というものがありました。
これは高向秀武という人が夢のお告げで「すばらしいおなら」を出す芸…要するに「放屁芸」を体得し、貧しい生活から脱して時の中将にもそのおならを披露するほどの立場とお金を手に入れることができました、というお話。
おなら!!!
すばらしいおなら!!!
なんというパワーワード!!!(笑)
このお話は当時の人たちの心に深く刻まれたらしく…なんとこれを受けての絵巻ができます。

それこそが、「放屁合戦絵巻」。

もう、タイトルの通りです。
音の大きさはもちろん、臭さとか、量とか(だって複数人が一つの大きな袋におならを貯めてる絵があったりするんだもん(笑))、パワーとか、多分長さや音階?などにこだわったおならを、様々な人たちが発している場面が延々と描かれている、そういう絵巻です。小学生男子かよ(笑)
しかし、創意工夫を凝らした「おなら」芸合戦にも、ラスボスが登場します。

それがなんと、「福富草紙」で描かれた秀武さんの娘だと名乗る、「尼公」なのです!
まさかの女性!
しかも「放屁の名家」の末裔!!
その尼様ってば、絵巻の最後に…おしり丸出しにして「すばらしいおなら」を発している姿が描かれているのです。

これだけでも抱腹絶倒の「放屁合戦絵巻」ですが、後祟光院の奥書がついているところが、またニヤリとしてしまうのです。まさに「極め付け」。親王様ってばおならの話に奥書書いちゃってる!(笑)

展覧会のタイトルが「マニア列伝」ですから、この後祟光院は間違いなくマニアの一人。
その息子である後花園院もその血を継いで絵巻マニアだったそうで、音声ガイダンスによれば、父・後祟光院と息子・後花園院の間で絵巻の貸し借りがあったらしく、父子で絵巻をみながらキャッキャしていたのかと思うと、「人間関係」に心惹かれてたまらない私としては、妄想たくましくして楽しくなってしまうのでした(笑)

他にもBL絵巻…じゃなかった、稚児絵巻「芦引絵」(ここは特に整列鑑賞でもなかったんですが、なんだか山のような人だかりで、ちゃんと見られなかった…ちょっと残念)があったり、人間が死んでからどのように肉体が変化していくかを活写した「九相図」(これは腐っている様はちょっとグロテスク)とか、見ているだけで色々な想像や妄想がたくましくなってしまう、大変脳に刺激のある展覧会でした。

絵巻って面白い。
マニアになる気持ちもちょっと…いや、かなり判る(笑)
音声ガイダンスが、
「今日また一人の絵巻マニアが誕生したら嬉しく思います」
といった言葉で締めくくられていたのですが、マニアになるかはわからないけれど、これから絵巻の世界の扉を開けてみよう、と思う人間がここに一人誕生しましたよ!

浮世絵もそうなのですが、絵巻は一つの絵に込められた情報量が半端なく多いので、もっとじっくり鑑賞したかったな。
いやあ、いいものを見ましたよ。

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posted by Lilalicht_8 at 20:46 | Comment(0) | 展覧会

2017年05月14日

今日はひと休み…の巻

■サントリー美術館の「絵巻マニア列伝」に行ってきました!
今日が最終日だったので飛び込みギリギリセーフ!
とても楽しかったし、いろんな妄想が湧いたので、明日改めてゆっくり書きたいと思います( ´ ▽ ` )ノ

とりあえず…絵巻物って面白い!


posted by Lilalicht_8 at 19:31 | Comment(0) | 雑感

2017年05月13日

シド武道館2days「夜更けと雨と」「夜明けと君と」に行ってきました、の巻

■タイトルに「雨」なんて入れるからだよ(笑)…と笑っちゃうくらい、本日の東京は20日ぶりに降ったまとまった雨に濡れていました。
20170513sid.jpg

シド単独のライブって、1年7カ月ぶりなんですって。
そしてアルバムは、3年8か月ぶりに今年の秋に出るんですって。

通りで最近、「シド」って文字を打ってないはずだよなぁ…って思いました。
新曲が出てもプロモーションがほとんどないし(Mステとか、どんだけ出てないっけ?)
ライブもないし。
いやそれ以前に、シングルそのものがなかなかでない!

待ってたし、すごくもやもやしてました。
なんでこんなに「何もない」のかな、って。
多分その理由は今後も一切出てくることはないでしょうし、出てきたとしても「大人の事情」という便利な一言で済まされてしまいそうで、考えることもうっとうしい。

そういう感情を「鬱憤」と呼んでいいのなら、それらを吹き飛ばすにふさわしい、「爆発」を感じる武道館2daysライブでした。

セットリストは、多分公式にUPされるだろうと思うので(前だったらちゃんとメモして書いてたんですが、今回は体調が悪かったのと…なんだろう、「様子見」という気分がすごく前に出ていたのです)詳細はゆだねることにして。

衣装が黒で統一された1日目「夜更けと雨と」は、その衣装のイメージに合った、ちょっとダークで毒があり、さらにマニアックさも兼ね合わせたラインナップでした。
かつて「歌うことによって、曲が進化する・曲が化けることがあるんだ」と衝撃を受けた「Sleep」(今読み返したら、この記事、2011年でした! もう6年も前か…時がたつのは本当に早い…)に似たような進化を見せたのが、1日目の「花びら」でした。久々に、マオくんの歌声(そして演奏)に心を根っこから持っていかれるような感覚がしました。
歌声に巻き込まれて、頭の中が真っ白になる瞬間。
それをまた、シドからもらえたことに、心から感謝します。

一方、衣装が白で統一された「夜明けと君と」。メジャー感のある曲目が並び、セットリストとしては私はこちらの方が好きでした。
圧巻だったのはやはり…大ラスの「hikari」でしょうか。
「hikari tour」のファイナルで(え、これ2009年だったよ!!びっくりだよ!(笑))、声がかすかすになり、泣きながら歌っていたマオくんのことを思い出しました。
思えばあの時の悔しさから、マオくんはストイックにボイトレを始めたのでした。
そこからどんどん、どんどん、歌声は進化し続け…どこまでいくのかしらと楽しみと心配が半ばする頃に、色々な病気や現象が彼とシドに襲い掛かり。
長い凪の時間が、今日終わった、と考えてもいいのでしょうか?
キラキラとした粒子が見えるようなまぶしい空間が現れ、歌と共に収束していったあと、座り込み、珍しく泣いていたShinjiくんをみて、胃がググッと締め付けられるような痛みを覚えました。
この「凪」の間、何があったんだろう。何と戦っていたのだろう。どんな思いをしていたのだろう。
私はこの「凪」を、かなりドン引きして眺めていたので(何が理由かわからないまま、アルバムはおろかシングル発売もままならない状況というのは…彼ら本人たちだけのせいとは思えなかったので、努力が報われない「組織」っていったい何なんだろう?くらいのゲスの勘繰りはしていました、はい(笑))、飄々とした印象の強いShinjiくんの涙の語る意味について、あれこれ考えてしまったのです。

秋のホールツアーが発表されたので(ホールやアリーナくらいがやっぱり見るにはらくちんでいいです(笑))、このままシドの活動が軌道に再度乗るといいなぁ…と願いつつ。
やはり彼らの作るメロディとマオくんの歌詞の世界は絶品だな、と噛みしめつつ。

「hikari」に込められたみんなの想いがきれいに昇華されるといいなぁ。
そう、素直に思える、いいライブでした。

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posted by Lilalicht_8 at 22:58 | Comment(0) | シド

2017年05月12日

今月のネイル

今日があまりに暑かったので、今月のネイルはかなり夏を意識した涼しげなものになりました。

20170512今月のネイル.jpg

夏になると、なんでターコイズ使いたくなるんでしょうね(笑)

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posted by Lilalicht_8 at 12:37 | Comment(0) | 今月のネイル

2017年05月11日

「ゴールドマン・コレクション これぞ暁斎」展に行ってきました、の巻

■今回のこの「ゴールドマン・コレクション」による河鍋暁斎展、私は4月に渋谷文化村ミュージアムで見ましたが、現在巡回展示が高知に行っているようです。
その後、京都と石川に行くようなので、早めにおすすめ記事を書いておこうと思います。

■私は、河鍋暁斎という江戸末期から明治にかけての画家に、とても興味を持っています。
興味を持ってまだ日が浅いので、先達の皆様に突っ込まれると「ひゃーっごめんなさい、ごめんなさい!」と頭を隠して逃げたくなってしまうのですが、恐る恐るその世界に踏み入っている感じです。

河鍋暁斎の何に興味を持ったか。

1つ目は勿論、圧倒的な画力。今回の展覧会を見にいった友人が、「河鍋暁斎って天才だったんだねぇ」としみじみ言った通り、特に今回のように肉筆画が多い展覧会だと、その圧倒的な筆力にひれ伏すしかありません。この勢いと破天荒さ、そこに通底する「確かさ」と「几帳面さ」にただただ恐れおののき、溜息をついて展覧会を回っていました。

2つ目は、彼を取り巻く人間関係の面白さです。
歌川国芳の弟子(弟子だった期間は本当に短いけれど、画風の基礎はここにあると思います)であり、ジョサイア・コンドルを弟子にしていた人。
もう、これだけで面白すぎます。
以前、赤坂迎賓館見学台湾旅行の記事でジョサイア・コンドルとその教え子たちについて触れましたが、私は、
「弱冠24歳の英国人建築家(それまで設計図は書いたことがあっても、実際に建物を建てた経験は無し)と、ほぼ同い年くらいの西洋建築を志す日本の若き技師たち」
という「黎明期の西洋建築学教室」の様子を想像するだけで楽しくなってしまうのです。や、妄想なんですけどね(笑)
そんな、「ジョサイア・コンドルを取り巻く人間関係」の中で、間違いなく輝く一等星なのが、コンドルが敬愛してやまなかった河鍋暁斎でした。

そんな「一等星・河鍋暁斎」の海外流出した作品が、ゴールドマンさんという方の一大コレクションとして日本に里帰りした展覧会、それが今回の「これぞ暁斎」展でした。
つまり、日本国内には通常ない作品ばかりなわけで、これは見に行かないわけにはいきません。

20170511河鍋暁斎展.jpg

■今回の展覧会の図録の冒頭に、暁斎コレクター・ゴールドマンさんが言葉を寄せていらっしゃいます。
なぜ暁斎を集めるのか?と問われて答えたのが、
「暁斎は楽しいからですよ!」
ああ、わかるわかる! そう、楽しいんですよね。
画題も様々だし、技法も様々。迫力がある仏画や、愛嬌のある動物の戯画。
特に今回の大目玉作品は、「百鬼夜行図屏風」で、これは是非実物を見ていただきたい。
付喪神たちが暗い夜道を楽し気に、きゃっきゃと声を上げながら練り歩く様子が、実に生き生きとユーモアたっぷりに描かれています。
これに付随して、河鍋暁斎美術館主催で、作家・京極夏彦さんが講演会をなさったんですよね。聞きに行きたかったけど、まだ大丈夫と思ってるうちに、満席になっていた…残念。
眼光鋭いカラスの絵の数々。
以前、三菱一号館美術館で行われた「画鬼・暁斎」展では長蛇の列になっちゃっていてみるのをあきらめた、春画のスペースもたっぷりとられていました。

そして、最後の仏画のコーナーに来て、非常に目を引かれる「達磨半身図」がありました。
今回もイヤホンガイドを借りていたのですが、そのイヤホンガイドでも当然取り上げられていた、その達磨図。
それこそが、ゴールドマンさんが暁斎コレクションを始めるきっかけになった、コレクションの中でも重要な位置を占める絵であり…元はジョサイア・コンドルの収蔵品だったそうです。
ああ、ここでやっぱりコンデール君(暁斎絵日記には「コンデール君」が頻出するので(笑))が絡んでくるんだなぁ…師匠の一級品はコンデール君が持ってたんだなぁ。
「人間関係好き」の私にとっては最上のオチがついて、展覧会を見終えたのでした。

■さて、ここからはちょっとしたおまけです。
「これぞ暁斎」展を見終えて勢いづいた私は、埼玉県蕨市にある「河鍋暁斎記念美術館」に行くことにしました。
ただ、最寄り駅が西川口駅で…うーん、ちょっと一人で行くには腰が重い。
というわけで、付き合ってくれる友人二人(うち一人は男性)と一緒に行ってきました。
うん、複数人数…特に男性が一緒に行ってくれてよかったかな。
西川口駅周辺は、なかなか私の日常の中にはない世界で、正直ぎょっとしました。駅前をちょっと越えれば、いたって普通の住宅街なんですけど、そこに到達するまでに右往左往してしまう感じ。
そんな住宅街の中に、河鍋暁斎記念美術館はありました。
小さな美術館でしたが、とてものんびりした空気が漂い、収蔵品もいいものがあるなあ、という印象。
なにより美術館の方たちがとても親切で、色々と質問してしまう私たちに大変良くしてくださいました。
一人で行くのは気が引けるけど…でももう一回くらい、ゆっくり見に行きたいです。

■というわけで、「これぞ暁斎」展はゴールドマンさんのご挨拶と、最後のオチ(個人的に「オチ」と判断しました(笑))がとてもツボにはまり、かつとてもいい内容の展覧会でしたので、興味のある方はぜひどうぞ♪

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posted by Lilalicht_8 at 15:50 | Comment(0) | 展覧会

2017年05月10日

映画「3月のライオン 前・後編」を見てきました&お返事集

■相変わらずのろのろとした更新ですが、懲りずにお付き合いいただければ幸いです。
で、「2週間に一度の風邪ひき」は相変わらずで…また寝込んでました。面目ない。
主治医の先生も手慣れたもんで、脈をとって(漢方医でもあるので)、
「うん、抗生剤の点滴だね」
とさばっと一言。
顔見知りの看護師さんも、
「続くねぇ。たぶん、そういう時なんだよ。仕方ない。自分のせいじゃないからね」
と言ってくれて、ちょっとほろっとしたり。
ところで、点滴が終わって処方箋を出されたのですが、その一つに漢方薬としては有名な「葛根湯」がありました。なんてったってツムラの漢方で「1」番ですからね。知らない人はまずいない、大変ポピュラーな漢方薬です。
一応、「朝晩1包ずつ」と出されたのですが、先生曰く、
「葛根湯飲んで1時間たっても汗かかなかったら、汗かくまで1時間ごとに飲んでね」
とのこと。へ? 葛根湯ってそういうものなの?
「そうだよ! 汗かくために飲むんだからね!」
お歳もすでにわからないくらいいつまでも若くてはつらつとした先生が、元気いっぱい教えてくださったので、その通りにしてみました。
まず1包…1時間たっても汗かかず。続けて…というわけで、2時間で3包飲んだところいつしか眠くなり…目が覚めたらどっさり汗をかいていて、すっかり熱が下がっていました。うーん、すごいな。
あくまで私は先生の指示の元、こういう葛根湯の飲み方をしたのですが、これって結構一般的みたいですね。
熱が出たときは「こういう葛根湯の使い方もあるんだ」と頭の片隅に置いておくといいかも。
勿論、お医者さんの指導を受けてくださいね。

■さてさて、どうにも前置きが長くなる癖があるようですが、いよいよ本件、映画「3月のライオン」前・後編について。
前編は、公開されてすぐに見に行ったので、もうすでに1カ月半が経過しています。
後編も、GW前に見に行きました。
本当は、後編を見る前にもう一度前編を見に行きたかったのですが、ちょっとチャンスがなかった。

前編を見て一番印象に残ったのは、有村架純ちゃん演じる香子さんの存在感でした。
原作の漫画とアニメを見ていると、どうしても川村家3姉妹のほうに重点を置かれていて、原作11巻現在、なんとなく「幸田家問題」が置き去りにされています。というか、多分今後の展開ではきっちり決着がつくんだろうけど、今のところはそこに至ってない存在。
映画の方は、どうやらこの香子さんをヒロイン的ポジションに持ってきているようでした。
だから多分、原作やアニメを先に目にしている人たちにとっては違和感があるんだと思う。
前編はとても丁寧に原作をなぞっていて、それぞれのキャラクターを演者さんたちがたいそう的確に描いているように思いました。
「あ、原作まんまだな」
というかんじ。もちろん、時間の制約があるのでキャラが整理されていたり、違う位置づけになっていたり…というのはありましたが、それも許容範囲かな。逆にそこまできっちり原作通りに映像化してしまうと、かえって映画を作る意味がないように感じました。

で、改めて前編を振り返ると、香子さんとの関りを通じて、零くんが如何に「生きづらさ」を抱えて生きてきたかがうかがえるようになっていて…良くも悪くもそこで終了。
こりゃ、後編を見るまで感想はお預けだなぁ…というのが、「前編を見た感想」でした。
ちなみに前編の最後が新人王をとるところだった(アニメ版では到達してないところですね)ため、かなり今のところある原作を消化しちゃってるなぁ、これ、どうやって後編作るんだろう?と危ぶんだ…ところまで含めて、前編の感想。

さて、ここからはたぶんネタバレを含むので、原作・アニメ・映画後編未見の方はご注意ください。
201705103月のライオン.jpg
劇場でポストカードをいただきましたよ。

ここから次の矢印まで、ネタバレ注意です。



Twitterでの情報などで、後編は「当初原作が辿る予定とされていた内容」がたたき台になっているらしい、ということは知っていました。
そのことを踏まえても、随分オリジナルな内容が含まれていたと思います。
ひなちゃんのいじめの事とか、川村家三姉妹の父・妻子捨男(仮)のあらましはなぞるし、宗谷名人との記念対局など、原作をなぞるところは多かったのですが、相対的にそれらのストーリーの印象がかなり薄い。いや、ひなちゃんのいじめのくだりはちょっと見ていて辛いので、これくらいのあっさりした感じでよかったんですけど。
なぜ原作通りのストーリーの印象が薄いかといえば、それは後編が、
「幸田家と零との間の物語に決着がついた」
ところを見せてくれたからでした。
こちらのストーリーの方が圧倒的に印象に残りました。
そして、私はこの決着を大変好ましく思い、前編後編を通じて映画版の「3月のライオン」はいいな、という感想を得ることになりました。

特に、零という強烈な嵐によって崩壊したかのように見えた「幸田家」の土台が、実はしっかり残っていて、きちんと再生したところまで描いてみせたのが、私個人にとってはスッキリしました。
幸田のお父さん(豊川悦司さんがすごくきちんと「お父さん」で、もうそこはブラボーの嵐です)は言葉は少ないけれど、香子さんも歩くんもそれぞれをきちんと成長を見ていて、自分の家庭を決して「将棋で呪われた一家」にしてはいなかったことがわかるシーンは非常に腑に落ち、なんというか…こういう展開なら、「カッコウのような自分」という零くんが自分の重荷にしてきたものを一つ、取り除いてくれたようで、胸がすく思いがしました。
そうか、このポイントがまだ原作ではきれいに精算できていなかったんだなぁ、と改めて頭がすっきりした、というか。

それの対価として、私が原作で大好きな、「お母さん以外誰もいない時に幸田家を訪ねてくる零くんの話」がなかったことになりましたが、そこは仕方がない(たぶん、そこが許せない原作ファンはいるんだろうなぁとぼんやり推測はしました)。
それを引き換えにしても、原作にはまだない、
「幸田家と零くんの再生の物語」
を描くのは、とても大切なパーツだと思いました。




ここまででネタバレ終了。

それにしても前編も後編も、よくキャスティングしましたよね。
みなさん「できるだけ原作に忠実に」と心がけているのが伝わってくる、丁寧な演技とキャラづくりでした。
豊川悦司さんの幸田のお父さん、伊藤英明さんの後藤さん、佐々木蔵之介さんの島田さんは特にナイス。
そして、「原作と違う!」と一番にバッシングに合いそうな立ち位置で割を食っちゃったなぁ…と気の毒に思いつつも、それでも「超ファインプレーだったよ!」と絶賛したい、有村架純ちゃん。
本当に皆さん素敵でした。
あ、伊勢谷友介さんの妻子捨男も!(笑)なんていうか…あの目の笑ってない笑顔を映像で見られるとは思いませんでしたよ、すごいな。

原作を読んでいない方でも、とても楽しめると思います。
むしろ、読んでない方の方が楽しめるんじゃないかなぁ。
私は、これは充分「アリ」だな、とおもいました。

■大変遅ればせながらお返事集
>みこさん
いつもいつもコメントくださるのに、お返事遅くなって申し訳ありません。
クラーナハ展、楽しまれたようで何よりです! 
ナビ派展、関西に巡回しないのは本当に残念です。これを機会に、ちょっとナビ派を掘ってみようかな、と思っています(笑)

>乃香さん
こちらもお返事遅くなり、申し訳ありませんでした。
映画「白雪ひめ殺人事件」をご覧になっていたんですね〜 あの映画の原作と今回の「愚行録」の原作は、文体等がとても似ていて既視感を覚えたのですが、正直に言うと…映画は「愚行録」の方が出来が良かったと思います。
あの映画が耐えられるなら、多分「愚行録」は大丈夫なので、機会があればぜひどうぞ。
映像がきれいな映画でした(撮影はポーランドの方でした。そのせいか、割とさっぱりして見えたのが返ってよかったのかもしれません)。

>ちょり
コメントありがとう!!
すぐにコメントくれたので、とてもうれしかったです。
叙述トリックということと、「読後感が嫌な感じを残す」という意味では、確かに安孫子武丸さんの「殺戮にいたる病」と似てるよね。ただ、原作の出来だけ比べると、私は圧倒的に「殺戮にいたる病」の方がよかったと思います(そこがね〜貫井さんの残念ポイントでもあるな、と密かに思ったり…)

「ザ・コンサルタント」、ぜひ見てください。これはお勧め。
あっという間に上映館が少なくなってとても残念な思いをしたけれど、これは日本での宣伝少なかったからなのかな。
なんでも続編も用意されているらしいので、アメリカではそれなりの評価を受けた映画だったのでしょう。
何より、ベン・アフレックの当たり役では?というくらい、ヒーローがはまっていたので。
もうすぐ公開されるベン・アフレック主演・監督・脚本の「夜に生きる」でも殺し屋?っぽい役をやるみたいなんだけれど、どうしても「ザ・コンサルタント」と比べてしまいそう(笑)

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posted by Lilalicht_8 at 21:17 | Comment(0) | 映画

2017年04月28日

三菱一号館美術館「オルセーのナビ派展」に行ってきました、の巻

■この展覧会も5月21日までらしいので、お出かけになる方はお早めに〜という気持ちも込めて、早めに記録しておきます。

■この展覧会、副題に「美の預言者たち〜ささやきとざわめき」とあります。
20170411ナビ派展.jpg

ナビ派、ってご存知でしたか?
不勉強をさらすようで恥ずかしいのですが、私は知りませんでした。
一緒に行った友人や、大学で美術史を修めた妹は知っているようでしたが、ポスターにもよくよく見ると、
「はじめまして、ナビ派です」
という文言が入っている。
「ナビ派」をまとめて企画展にするのも、どうやら日本で初めてらしい。なるほど。
んで、ナビ派って大体どういう人たちで、そもそも「ナビ」ってどういう意味なの?というところから、私は始まりまして。
ナビ派に属する人たちは、こんな人たちらしいです。

20170411ナビ派展2.jpg
あれ、よく見ると先駆者としてゴーガンがいたりする。
厳格には「ナビ派」ではないけれど、ナビ派の基礎的な考え方を示したのが、どうやらゴーガンらしいのです。
で、あと知ってるのは…ドニとかボナールとかは、知ってる。…でも、印象派に属する人たちだと思ってたよ。

…と、私が誤解していたのも当然で(←悪い開き直りの典型例です(笑))「ナビ派」というのはざっくりいうと、友達とその友達程度のごく少数(10人いないくらいの)が週末ごとに仲間の家に集まって芸術論をかわし(といっても雑談みたいなのが多めの、要するに「ちょっと上品な飲み会」みたいな感じだったらしい)、活動期間としては10年くらいで友好的に解散した…そしてここが「肝(キモ)」なんですが、

「お互いに『○○の預言者』『××の預言者』とあだ名をつけて呼び合っていた」

という…今でいうと、同人誌のサークルみたいな感じ?だったらしいのです。
え、もしかして「ナビ」って…「預言者」の事か!(笑)
わー中二病っぽいー(←名前を由来を知った瞬間の反応(笑))

実際「日本かぶれの預言者」とか「ズアーヴ兵の預言者」(本当に兵隊だったわけじゃなくて、髭を生やした風貌がそれっぽかったかららしい)とか、わー仲間内でわくわくしながら呼び合ってたんだろうなぁ、というほほえましい様子を妄想たくましくしてしまう、若手芸術家グループだったのだそうです。
(そして、そういう「仲間内できゃっきゃしている感じ」、嫌いじゃないです。むしろ基本的には大好物です(笑))

「ナビ派展を見てきたんだよ」
と妹にいったら、

「えー、いいな、ナビ派っていいよね。ほんわかしているし、色が優しいし、テーマになってるものも子供とか家の庭とか、あと猫多めの絵が多くて」

という答えが返ってきたのですが、もうこの妹の言葉こそ、百点満点の「ナビ派」だと思いました。
テーマが非常に身近で(隠れテーマとしてキリスト教の要素があるのは仕方がない。ヨーロッパはそのようにできてきたので)、パステルカラーが多用され、そして平面的でポップ。
「日本かぶれの預言者」(=ボナールの呼び名だそうです)がいることからもわかるとおり、「ナビ派」ができたころはパリ万博で浮世絵が紹介され(その前から、包み紙として浮世絵が使われていたりして、素地はあったようですが)、多くの画家が「ジャポニズム」に傾倒していたころでした。
言われてみれば、チケットに使われているボナールの「格子柄のブラウス」というタイトルの少女と猫の絵。
この白と黒のにゃんこは、歌川国芳が好んで描いたにゃんこの中にもでてきそうな猫ではありませんか。

ナビ派の絵は実際、とても目に優しい作品が多かったです。
ふわっとした色彩で、静かな日常を優しい目線で描きとる。ときどきそこに夢も交じって、ホッとする絵が多い。
私が特に印象深く、そして好ましく思ったのは、モーリス・ドニの「鳩のいる屏風」でした。
ドニが、恋人マルトと婚約したことへの喜びを一双の屏風に白と青のパステルで描き出した、天国のような屏風。
光る白が優しく、青はどこまでも澄んでいて、白いドレスに身を包んだ後姿の女性が、誰かの名前(もちろん、ドニの名前です)を木の枝に刻んでいる、そんな優しい絵。
ナビ派は「絵画も室内装飾のひとつである」という考え方を持っていたそうで、確かにその場になじむように主張の強い題材や色合いはあまり使われないのですが、でもよくよく見てみると、あちこちに程よく品よく(この「品のよさ」というのも、ナビ派の特徴の一つのように思われました)イコンがちりばめられ、静かなメッセージをまとわせています。本当にかわいくてきれい。

一緒に見て回った友人と、なんとはなしに、
「ああ、いいねぇ…」
とささやきあう…ナビ派なんてよく知らなかったけれど、見て回るととても心が穏やかになり、自然と微笑みが浮かぶような作品群の展覧会でした。
三菱一号館美術館の佇まいにとても似合う気もします。

玄人筋の方でないと知らないような、これ、という目玉になるような有名な作品がなかったせいでしょうか、館内は人も多すぎず、少なすぎず。
小さなささやきが時折聞こえてくる穏やかな空間で、確かに室内装飾としての絵画の役割を、ナビ派の作品は果たしているのだなぁ、と思いました。

こういう風なくくりで企画される展覧会は、たぶんなかなかないと思います。
心穏やかに過ごせるひと時を必ず約束してくれる、そんな企画展でした。

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posted by Lilalicht_8 at 21:42 | Comment(0) | 展覧会

2017年04月27日

「フェードル」を見てきました、の巻

■3月半ば以来、どうにもこうにも風邪が治りきらず、そればかりか4年ぶりに喘息の発作が起こるという体たらくで、いやはや今年の天候不順には大変痛い目にあわされました。三寒四温というにしても、「寒」と「温」の差が激しすぎるだろう!と。

■そんな合間合間を縫って、ぽつぽつと様々なものをご縁があって見に行ってまいりました。
で、順不同に、
「もうすぐ終わっちゃうけど、これは多くの人にぜひ見に行っていただきたい!!」
と切に願うものから(もう終わっちゃって少々悔しいものもあるのですが、巡回しているものもあるからまだ間に合うかな…)拙い感想などを記していきたいと思います。
というわけで、今回は「フェードル」から。
「フェードル」は現在渋谷の文化村コクーンシアターで上演されていますが、どうも4月30日までみたいです。
そのあと新潟、愛知、兵庫に回りますので、興味のある方はそちらでどうぞ。

■さて、今回はご縁あって「フェードル」の観劇チケットを入手することがかないました。
んーっと、具体的に言っちゃうと、とあるクリスマスパーティのビンゴで当たったのです。
なんでこんなことをわざわざ書いたかというと、私はいたってミーハーなたちで、綺麗なものは全て好き!という観点から、あさーくひろーく様々なものを見ております。が、人の好みというものは往々にして偏ってしまうもので…
つまりこの「フェードル」は、このような「偶然」がなければ、正直自分のアンテナには引っかからない系統の演劇だった、というわけです。
自分の間口は広くしておこうといつも心がけているのですが、この心がけはたいていいい方に転びます。
そしてこの「フェードル」は、心がけが大ヒットをかっ飛ばしたものでした。

■前置きが長くなりました。
「フェードル」の物語、これはギリシャ神話にその種を持つ舞台でした。
Twitterでアカウントをフォローしているギリシャ神話の現代の巫女(笑)・藤村シシンさんが偶然パンフレットにこの物語の下地になる神話を解説していらっしゃって、見終わってから「なるほど」と思ったのですが、そういう神話の下地を知らなくても、もちろん楽しめます。
現に私は大変楽しみました。
が、そういう「基礎知識」があれば、もっと楽しめること間違いない。
こういう、「ギリシャ神話」を教養として観劇するものに求める感じ、いかにも17世紀フランスの演劇らしい。原作はジャン・ラシーヌ。この脚本が書かれたのは、ルイ14世(ざっくりいうと、ヴェルサイユ宮殿の基礎を作って、パリからヴェルサイユに居城を移した人。「太陽王」の異名を持つ人)の治世でした。まだまだ芸術が庶民の手からは遠く、王侯貴族のものだったころの作品ですね。

あらすじはというと。
ギリシャ神話の怪物を次々に倒したことで名高い英雄・テゼの妻・フェードル(ミノス王の娘なので、血筋がいい。なにせミノス王の父親はギリシャ最高神のゼウスなのですから)は、夫・テゼの長期遠征中、深い心の病に悩み、今にもこと切れてしまいそうなくらい息も絶え絶えの状態で過ごしていました。
「心の病」の名はずばり、「恋」。
しかも相手は、夫・テゼの前妻の息子であるイッポリットでした。
血はつながらないけれど、関係からすれば「義母と息子」になるわけで、近親相姦に不貞、という二重の罪が初めから条件に入ってくる苦しい恋でした(ちなみに、フェードルはテゼとの間に子供もいます。でも、話の筋を聞いていると、フェードルは、テゼにイッポリットを紹介されたその時から恋に落ちた…一目ぼれだったようです)。
ところがこのイッポリットは、実の母が「アマゾンの女王」(異教徒の女王、くらいの意味みたいでした)だったこともあり、自分は長男でありながらテゼの正統な後継者とは思っていない、極めて真面目で女性に対しても潔癖な青年。そして、そんなイッポリットはひそかに、父王テゼが滅ぼした一族の生き残りの姫・アリシーに道ならぬ恋心を募らせていたのでした。

そんなところに、テゼ王が戦争で亡くなった、という知らせが入ります。
父を尊敬しながらも、アリシーを愛しているイッポリット。
夫を大切に思いながらも、義理の息子・イッポリットを愛しているフェードル。
二人にとってくびきであった「テゼ」という存在が、突然いなくなったもんだからさあ大変。

イッポリットはアリシーに恋心を打ち明け(アリシーもイッポリットのことを愛していました)逃亡しよう…なぁんてことを考えていたところへ! …突然イッポリットのもとに病み切ったフェードルが訪れ(ちなみにフェードルは、イッポリットへの恋心を隠すため、わざとイッポリットにつらく当たってきたので、イッポリットはフェードルのことを快く思っていなかったし、むしろ憎まれていると思っていた…なんて前提もあります)、
「私…実はあなたのことをずっと愛していたのおおおおお!」
と狂わんばかりの大告白され、イッポリットは茫然とします。
「何言ってんの、この女…」
みたいな感じです。でもフェードルはもう半狂乱なんで、イッポリットの茫然自失とした様子を見て、「受け入れられた」みたいな…なんか自分に都合のいい解釈をするんですよね。

ところが。
フェードルが一大決心をしてイッポリットに告白した直後に。
まさかのテゼ王生還!の知らせが届きます。

なんだって――――!?と慌てふためくフェードルとイッポリット。(余談ですが、この辺りがちょっと喜劇っぽくて面白かったです。「テゼ王」ってフェードルにとってもイッポリットにとっても大切で重い存在なんだけど、ちょっとうざい存在でもあるんですよね(笑))
とりあえず、イッポリットはフェードルの告白を「聞かなかったことにします」と返答。
だって、お父さんの奥さんが不貞を働こうとした挙句、その「不貞相手」が息子である自分だなんて醜聞、父王の不名誉、恥をかかせる以外の何物でもなく、これは父のために絶対に隠さなければならない、と…あくまでお父さんのことが大好きで、尊敬していて、そのために自分の中に秘密をため込むことにしたのですね。

ところがフェードルはもう精神がおかしくなっちゃってるわけで。
イッポリットは態度が冷たいし、自分に対しては不誠実だし、しかもイッポリットが自分の恋心を夫テゼに黙っているかどうかもいまひとつ信用していない。不信感の塊かつ恋心が抑えられない。
それを見かねたフェードルの乳母エノーヌは、一計を案じて、あくまでもフェードルのために、生きて戻ったテゼ王に、
「あなたの前妻の息子・イッポリットが、フェードル様に懸想していたのですよ!」
と告げ口してしまう。
フェードルを熱愛していたテゼ王は、怒り狂って息子・イッポリットを追放。イッポリットは、父王の名誉を守るため、「フェードルが自分のことを愛してると告白した」という「事実」も言わず、ただ、
「自分はアリシー姫を愛している。あの姫を、私がいなくなった後、囚われの身から解放し、手厚く保護してあげてほしい」
と言って旅立つんですね。アリシー姫にだけ、そっと「祖先の霊が祭られている神殿でこっそり落ち合い、二人で結婚式を挙げよう」と伝えて。
どこまでも生真面目な男です。

一方テゼはフェードルの乳母・エノーヌに、
「自分に嘘をつき、欺くイッポリットは追放した。でもイッポリットはアリシー姫を愛していると言っていたぞ」
と告げます。そのことをエノーヌから聞いたフェードルは正に狂乱の体に陥り、
「イッポリットはお前のせいで追放されたし、イッポリットは自分のことを好きだみたいに思わせたお前なんて、裏切り者だ!! もうお前の事なんて信じない!」
と激高し…大切に大切に育ててきたフェードルの怒りに触れたエノーヌは、絶望のあまり身投げして死んでしまいます。これで、フェードルがイッポリットに愛の告白をしたことを知っている人は、この世にいなくなってしまい…イッポリットは名誉回復の機会を永遠に失うことになります(ちなみに、エノーヌは結局、名誉回復されないまま舞台は終わってしまいます。そこだけはどうしても納得がいかなかったし…エノーヌだって一生懸命だったんだよ!とフェードルに訴えたい気持ちもふつふつとわいてきたのですが、そこがフェードルとその血統にかかった呪いの深さ、なのかもしれません…)

しかし、そのイッポリットも…
イッポリットを大切に大切に育ててきた侍従・テラメーヌが涙ながらに帰還し、テゼ王に報告します。
「津波に襲われ、四肢もバラバラになって死んでしまった」
それを聞いたフェードル、愛する人が死んでしまったことへの絶望と夫を裏切ってしまったことへの罪の意識に疲れ果て…毒をあおってふらふらとテゼの前に現れ、自分の罪を告白し(つまり、イッポリットは無実で、罪を着せたのはエノーヌだったこと)、そのまま死んでしまいます。ある意味、憤死・狂死だったのでしょうか。

一方、イッポリットの死の場面に遭遇したアリシー姫は、死んだ恋人の血濡れた着物の切れ端を握り、悲嘆にくれます。
その様子の哀れさと、イッポリットを息子として愛していた気持ちを取り戻したテゼは、同じくイッポリットを愛していたアリシー姫を自分の養女とし、イッポリットの遺言通り、手厚く保護することになったのでした…

という、激アツなお話でございました。
ふう、疲れた(笑)

ちなみに、私はこのお芝居について事前に勉強したり情報を入れたりすることなく見に行きました。
勉強しなくても、この内容は全て把握できました。まあ多少、「ギリシャ神話の世界だから、『怪物』が実在したってテイなんだろうな」と自分に言い聞かせてみていたところもありますが、そういうちょっとすんなり咀嚼しきれなかったところも含めて、舞台が理解できなかったということはありません。
それは、元々の戯曲が優れて人の心理を突いた言葉が豊富であったこと、そしてその「心理」は普遍性を持っていたこと、翻訳がとても親切で平易でありながら音律が美しくすんなり頭に入ってきたこと。
そして何より、俳優さんたち皆さんの圧倒的な演技力があったからでしょう。
これらすべてがそろっていなかったら、こんなにもすっと私の頭にも胸にも入ってこなかっただろうし…何より、感動もしなかったはず。

■フェードルを演じたのは大竹しのぶさんでした。第一場にフェードルは登場しません。登場するのは二場から。
登場した途端、大竹さんのフェードルは、つー…っと、涙が頬を伝っている状態でした。
しかしセリフはよどみなく。受けて立つ乳母・エノーヌを演じたキムラ緑子さんと、「これって詭弁なんじゃ?」と思うほど過剰にお互いの思いのたけを語り合います。
なんでしょうね、日本の文章は和歌の五七五七七みたいに、できるだけ文字数を減らすことでその中の音や奥行を味わう感じなんですけど、欧州文化は、自分の「情動」を理性的な言葉を尽くして微に入り細に入り説明せずにはいられない感じ…なのですね。説明しても説明しても、自分の心を語りつくせない。その語りつくせない心をできるだけ美しい言葉を選んで歌うように叫ぶ。
正直、「圧」を感じて…見ていて疲れました。
疲れて、「これ、幕間とかないのかな〜」とか思ったのですが(そういう情報すら入れていなかったということで(笑))、この舞台、途中で休憩入れちゃうと、緊張感がなくなって、見る方も集中できなくなっちゃう。
イッポリットとフェードルの間にできてしまった「秘密」がいつばれるかとハラハラするし、狂気と理性の間をふらふらとあるくフェードルに振り回されるし、でもこんなに緊迫感あるのに、エノーヌのセリフで笑っちゃうところもあるし。

約2時間、私自身の中にあるあらゆる感情…特に、私に著しくかけていて、非日常的ですらある「恋愛」の情を揺さぶられて、見終わった瞬間、全身の力が抜けるような、なにかぽかーんとしたような気持を味わいました。
あんまりいろんなことを言われて、セリフの速度で物事を考えていたから、頭が沸騰してその熱量で空でも飛んじゃいそうだったのに、舞台が終わると同時に一気に地上に引き戻された感じ。

これ、毎日やってるんだよね、演者さんたち。
毎日毎日、たった2時間の間に感情が上下したら、病気になっちゃうんじゃないの…?
俳優って…本当にすごい職業だな…

そんなつまんないことを考えたり、誰か一人の人にここまで熱狂する体力と情熱が自分にはあるか?とか、言葉って美しいな、語るだけで音楽になるんだなぁ…なんてことを次から次から自分の中で想いと考えが止まらなくなる、そんな経験をしました。

余談ですが、父を敬愛してやまない真面目で清廉な(その分小さくまとまっちゃって父のような英雄にはなれないと悟っちゃってる)イッポリットを演じたのは、平岳大さんでした。
平岳大さんといえば、昨年、父・平幹二朗さんが亡くなられたことが想い出され。
テゼ王とイッポリットの親子関係の向こうに平親子の関係性も見えるようでもあり、それはそれで切なく思いました。個人的に。

■舞台は黒と赤を基調に、そこが金がさし色として入るような、とてもモダンなつくりになっていました。
パンフレットを読むと、今、新国立美術館に来ている「スラブ叙事詩」を描いたミュシャが描き、それによってミュシャが大成功をおさめるきっかけになった女優サラ・ベルナールも、このフェードルを演じが事があったそうです。
フランスのミューズの一人であったサラ・ベルナールは、どんな風にフェードルを演じたのだろう。
彼女の「フェードル」にもまたきっと、私は心を激しく揺さぶられただろう。
そんなことを思いながら、劇場を後にしました。

とにかく激アツな舞台です。
そして「いいもの見た!」という爽快感に包まれること間違いなし、の濃密な舞台でした。
機会があればぜひどうぞ。

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posted by Lilalicht_8 at 21:52 | Comment(0) | 観劇録

2017年04月15日

自分のメモのための、取りこぼし一覧、の巻

■昨日来、突然花粉症の症状が劇症化しまして、本日考えるのがうっとうしい感じになっています…
なので、今日は自分のメモのための取りこぼし一覧を💧

これまで見てきて、感想を取りこぼしているもの…

映画「3月のライオン」前編
「これぞ暁斎!」展
地唄舞の公演
ティツィアーノとベネツィア派展
クラーナハ展
新感線「髑髏城の七人」
ミュシャ展
オルセーのナビ派展

今後ポチポチ感想を書いていきます。
宜しくお願いしまーす⤴

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posted by Lilalicht_8 at 18:17 | Comment(0) | 雑感